その人と出会ったのは夕暮れの寂れた公園。
その日私は恋人に振られて泣きそうになるのを堪えながら歩いて⋯⋯けれどもそのまま家に帰る気にはなれず、当て所なく町中を彷徨っていた。
そんな時に見つけた寂れた小さな公園。そこにあったブランコに座り、声を殺して涙を流す。
涙と一緒に彼との思い出も全部流されれば良いのに⋯⋯と思いながら、流れ落ちる雫を拭くこともせず、ポロポロと地面に落ちる様を見つめていた。
どのくらいそうしていたのか。涙が地面を濡らしていくのを見つめていた私の視界に、スッと綺麗なハンカチが差し出される。
泣いて酷い顔なのは分かっていたけど、気になってつい⋯⋯顔を上げてしまった。
そこには端正な顔立ちの男性が立っていて、その人は黙ってもう一度私にそのハンカチを差し出す。
戸惑いながら受け取った私を見届けると、その人は私の隣のブランコに静かに座り、少し前後に揺らし始めた。
何も話さず、ただそばにいて⋯⋯私の邪魔をするでもなく。
この静寂を壊す事もなく⋯⋯ただ、私に寄り添う様に、隣のブランコを静かに揺らしていた。
まるで私が泣き止むのを待っているかのように、彼はその場を立ち去る事なく、一定の感覚でゆらゆらとブランコを揺らすだけ。
それは奇妙な光景だったと―――後から思うものの、その時の私は彼の行動に救われていた。
辛い思いはしたけど、私は1人ではないんだって思えたから。
そうして、彼の優しさに甘えて泣いた。貸してくれたハンカチで涙を拭いて、でも滔々(とうとう)とこぼれてくる涙を全て受け止めるには、このハンカチは小さ過ぎたみたいで⋯⋯泣き止んだ時にはびしょびしょになっていた。
その頃にはもう夜の帳が下りていて―――私は、慌てて立ち上がり彼に向き直る。
彼は不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、お礼と汚したハンカチは洗って返すと伝えて急いで帰宅した。
お母さんには心配したと大変怒られ、腫れ上がった目元に何があったのかと詰め寄られる羽目になったが⋯⋯話を聞いてもらえてなんだかスッキリする。
それから就寝し朝になり、学校へ向かう。勿論彼とその浮気相手の元友人は、私を見てニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらイチャついてたけど、もうどうでもよかった。
それよりも、昨日急いでいたから名前とか聞き忘れて帰ってしまい、今日あの公園に行って、会えるかと不安になっていた。
一応昨日帰ってから直ぐに洗って乾燥機で乾かしたハンカチと、お礼として持参したお菓子はあるけど渡せるかと心配で気が気でなかった。
放課後になるまで凄くソワソワして、授業に集中できてない私を、他の友人たちは心配してくれたけど⋯⋯大丈夫って言って誤魔化し続ける。
それから放課後にあの公園へと向かう。昨日行った場所を思い出しながら彷徨い歩き、夕暮れ時にようやく見つけたその公園にはやはり誰も居なかった。
それでも―――もしかしたらまた来てくれるかもしれないと思い、昨日と同じブランコに座り彼が来るのを待つ。
昨日の彼のようにゆらゆらと揺らしながら待っていたら、突然後ろから影がさし⋯⋯振り返ると昨日の彼が立っていた。
『昨日はありがとうございます。これ、借りてたハンカチと昨日のお礼に⋯⋯お菓子なんですけど、良ければどうぞ』
そう言ってハンカチとお菓子の入った袋を差し出す。
彼はすんなりと受け取り、また隣のブランコに座りゆらゆらと揺らしはじめた。やはり彼は静かに、寄り添うような優しい静寂を保っていて、だからかも知れないけれど⋯⋯昨日の出来事を、あったばかりの彼につい愚痴るように話していた。
その間もずっと沈黙を貫いて⋯⋯けれども時折頷く素振りを見せ、ちゃんと聴いてくれていると分かる。凄く心地の良い静寂の中で、響くのは私の話す声とブランコの錆びた鎖の揺れる音。
全て話し終えた後、彼はやはり何も話さないまま―――スッと私に手を伸ばし頭を撫でてくる。とても優しく、よく頑張ったねって労る様な。
それがあまりにも心地良くてその感覚に身を委ねていると、突然彼は撫でるのをやめてしまう。不思議に思い彼を見ると、こちらを見つめながら空を指さしていた。
そちらを見やると、もうすぐ日が暮れるところだった。
私はそろそろ帰らなきゃいけないとまた慌てて立ち上がるも、彼に向き直り再度昨日のお礼を言って―――また明日、ここに来れば会えますか? と質問する。
彼はやはり喋らず、でも静かに頷いて返してくれ⋯⋯それを見た私は深く頭を下げてから帰宅した。
その日からずっと彼に会いに行っている。
元彼と友人の事などどうでも良くなる程、彼との時間は私にとって居心地の良いものだった。
でも何故か夕暮れ時にならないと、彼のいる公園に辿り着くことが出来ないのだ。休みの日に朝から公園に行こうとして、何度も行った道だから覚えているはずなのに見当たらない。
その辺りであの公園が普通ではない事。そして、彼も人では無いのだろうと察しが付いた。
それでも――――――知ってしまったあの心地良さと温もりを、手放す勇気が持てずにいる。
ゆっくりと、しかし確実に⋯⋯夕闇の中に引きずり込まれている感覚を覚えながら、今日も彼との逢瀬を楽しむ。
いつか私も彼と同じ存在になるのだろうと、ざわめく心にフタをして⋯⋯手放せなくなった新たな恋に少しずつ溺れていく。
3/15/2025, 2:48:55 PM