※暗い話
※自傷の描写があります。
僕を称賛する音が聞こえる。
鳴りやまない、拍手の音。
僕は両手を広げ、真ん中で一礼。
次に右、左と頭を下げていく。
とうとう僕は成功させたんだ。
あの困難な曲を一度も間違えることなく。
(父さん、母さん、見てますか。先生、僕やったよ)
鳴らし慣れていないのか、短い指笛の音まで聞こえる。
無名の僕にそこまでしてくれるなんて、感動だ。
歓声は時折大きくなり、また戻りする。
関係者席にいたであろう記者が慌ててカメラを持ったのか、バシャバシャと二度写真を撮られた。
まさか無名の僕が優勝するなんて思ってもみなかったのだろう、当然の行動だ。
(あぁ、涙と照明で目の前がまっしろだ。まぶしいな――)
僕はもう一度頭を深々と下げて、暗い舞台袖へ戻った。
――――
――
「先生、患者の意識が……」
「……ご家族を呼んでくれ」
看護師の声に、ペンライトをしまった医師が言った。
看護師は慌てて連絡をしに向かう。先の連絡時に受けた印象から患者には同情せざるを得なかった。
(今度はちゃんと来てくれるといいけど)
ベッドに横たわる若きピアニストの細い左手首には包帯が巻かれていた。
さぁぁぁ、と窓を細い雨が叩く。
5/26『やさしい雨音』
一年半振りに復帰。リハビリ。
復帰始めがこんな話になるなんて。
5/25/2025, 3:46:43 PM