木蘭

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【あじさい】

父さん、今年も紫陽花の季節になりました。
庭一面、色とりどりの花が咲いています。

父さんと母さんが大好きだった紫陽花を見ていると、母さんが嬉しそうに教えてくれた初デートのエピソードを思い出します。ちょうど今頃の時期で、紫陽花の花束をプレゼントしたそうですね。

「梅雨の雨雲も吹き飛ばす、あなたの笑顔が見たかったので」

聞いている方が恥ずかしくなるような台詞とともに、花束を渡した父さん。耳まで真っ赤になっていたのを今でも覚えていると母さんが言ってました、

プロポーズのときも、紫陽花を渡したそうですね。そのときの母さんは、複雑な思いだったようです。というのも最初に紫陽花をもらった後、花言葉を調べたら「移り気」「浮気」といったおよそ恋愛には不向きな言葉か並んでいたんだ、と。色鮮やかな紫陽花が綺麗だったから、深く考えずにプレゼントしてくれたんでしょ、と母さんは笑っていたけどね。

子どもも巣立って、夫婦2人で穏やかに暮らす日々。夕方、「行ってきます」と散歩に出かける父さんに「行ってらっしゃい」と声をかけるのが母さんの日課だったんですね。夕飯の支度をしながら、「ただいま」という声に「おかえりなさい」と言って出迎える。

でも、もう「ただいま」の声は聞こえない。あの日、いつものように散歩に出かけた父さんは、交差点で車にはねられこの世を去った。家では、母さんが父さんの好物だった天ぷらを揚げて待っていたのに。

今年も紫陽花の季節になり、母さんはずっと庭を眺めています。でも、それはちっとも悲しそうではなくて、むしろ楽しそうに時折笑顔を見せているんです。もしかしたら、あの紫陽花のどれかが父さんなんじゃないかと思えてきます。

「もうこの歳だから、いつかこんな日がくることは覚悟していたつもりなの。でも、大好物の天ぷらも食べずに行っちゃうなんてね。もしかしたら、思い出したようにふらっと戻ってくるかもしれないわ。そのときは、初デートで褒めてくれた『雨雲を吹き飛ばすような』笑顔で迎えてあげたいの」

父さん、この紫陽花の花々と母さんの笑顔が見えていますか。どちらも、色鮮やかに美しく咲いていますよ。どうか、今あなたがいるその場所から見守っていてくださいね。

6/14/2023, 9:06:41 AM