"宝物"
「…ん?」
診察室、使ったファイルを仕舞おうと棚の引き戸を開けると、奥の方に何かが挟まっているのが見えた。手を伸ばして《それ》を掴み、棚から出して確認する。
《それ》はすぐに分かった。一本の黒い万年筆。高級感のある黒いボディが、蛍光灯の光を滑らかに反射する。
その万年筆は、俺が医大を卒業した時に貰った物だ。『いつか、これが似合う大人になりなさい』って言葉と共に、この万年筆を渡された。
使った事は一度もない。けど、持っていると不思議と心が落ち着いて冷静になれる。俺の大切な物。
それが何故こんな所から、答えはすぐに分かった。
一ヶ月ほど前、資料の整理で沢山のファイルを仕舞った時に何を思ったのか、何故かポケットから出して棚の扉の近くに置いて、それを忘れて棚の奥へとファイルに押し込まれた。整理が終わった後無くなっている事に気付いて、思いつく所を全て探した。次の日も、その次の日も、一週間ほど探したが見つからず、諦めていた。
まさかこんな所から出てくるとは、誰も想像できないだろう。
「良かった…」
──それと、…ごめん。
万年筆を両手に抱いて、心の中で謝罪する。
大切な物をおざなりに扱った事の申し訳なさと、自分への怒りを込めて。
そして、一度棚から離れてデスクの上のペン立てに入れる。
──もう、離さないから。
心の中で呟くと、棚に向き直って改めてファイルを棚に仕舞い、扉を閉めた。
11/20/2023, 11:54:45 AM