キラキラと透明度の高い煌めきを放つ雫を1つ、また1つとこぼしながら、ニコリと笑みを讃えるあどけない顔。俺は完全にテンパったまま、
「あ、あのさ、……泣かないで。ね?」
と何度目かの同じセリフを繰り出した。それに対する返事もまた同じ。
「はい。泣いてません。大丈夫です!」
……いや、めっちゃ泣いてるけど……。指先で頬を払っても、次から次と一定の間隔で雫が落ちてくる。
ヤバい……。
何がヤバいって、もちろん人目もそうだけど、それ以上に……胸が鷲掴みにされたような感覚がして……これはヤバい。
「伝えられたので、満足です。聞いてくれて、ありがとうございました」
行儀よくペコリとお辞儀をした彼女は、上げた顔で一際強い笑みを作り、えへへ、と字幕がつきそうな声を発した。
自慢じゃないけど、告られることはそんなに珍しいことじゃない。だけど、いろんなパターンを経験してきた中でも、これは、……クる。
「こっちこそありがとう」
そんな俺の定型文的な返しに力強く頷き、彼女は笑顔を崩さないまま回れ右をして走り去っていった。微かに残る、爽やかな香り。柔軟剤かなにかだろうか。特段変わった香りでもないのに、俺は惜しむように胸一杯の深呼吸をした。
彼女がいるんだ。
その一言で突っぱねてしまえば後腐れなく終わる、いつもの流れのはずが、……ヤバいな。コロコロと高く響くような声も可愛かったし、緊張をやり過ごすためにぎこちなく前髪や頬に触れる仕草も可愛かった。それに、なにより、涙に濡れた笑顔が……。隣を向いて、あの笑顔が俺を見上げていたら、どんなに可愛いかなと想像すると、ひたすらに惜しい。
裏切るつもりはないけどさ。デミソースのハンバーグもトマトソースのハンバーグも両方好きなのは悪いことじゃないのに、なんで彼女は1人って決まってんだろうな。
浮気してお母さんに引っ叩かれたお父さんを思い出す。死ぬほど謝ってたお父さんを軽蔑してたけど、……あぁ、お母さんごめん。俺、なんかちょっとわかっちゃったかも。
フワフワする足を校舎に向ける。しばらく歩くと、2階の窓に見慣れた顔を見つけた。まだ俺に気づいてないらしい彼女を見上げながら、さっきの彼女を思い出す。
もし、今の彼女と別れてさっきの彼女と付き合い始めたら……
お互いを知っていって、距離を縮めていって、途中にはいろんな誤解や嫉妬があったりして、そうして1つ1つの感情を積み重ねていくんだろう。甘い胸の痺れとか、苦しい痛みとか、もう知っていることをまた最初から味わい直してさ。それはきっと楽しいことに違いない。
彼女の真下辺りで足を止める。あまりに気づかれないことに苦笑いが込み上げ、やがて俺は、
「おい!」
と声をかけた。窓枠に乗せた両腕に顎を乗せる形で俺を見下ろす彼女。
……
しばらく見つめ合った後、俺は1番近くの入口から校舎に足を踏み入れ、そのまま階段を駆け上った。そして、窓の外を見つめたままの彼女の隣に並んだ。
「……泣かないで」
俺がそっと頭を撫でると、それが合図みたいに彼女は腕に顔を押し当てて肩を震わせた。
「断ったよ。安心して」
俺の言葉に、ふるふると首を振る彼女。
「ちょっと悩んだでしょ」
こわ、と鳥肌を立てながら、即座に否定する。それをまた否定されるという不毛なやりとりを続けながら、俺は彼女と過ごしてきた時間を思い返していた。積み重ねられてきた1つ1つ。そうして少しずつ強固なものになっていった、2人の絆。大事にしたいって思ってる気持ちに嘘はない。簡単にハンバーグなんかと同列に語ることはできないんだ。
お父さん、やっぱりあなたは間違ってました。
「泣かないで」
何度でも言おう。彼女が笑ってくれるなら。こうして2人の絆は少しずつまた強くなっていくはずだから。
《泣かないで》
12/1/2024, 4:40:18 AM