にっころがしの春巻き

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 引越しの前日の夜のこと。
 クローゼットの整理をしていると、桐の小さな箱が出てきた。

 ……あぁ、こんなものあったっけ。

 そこにはずっと前に、これを貰ったときに読んだきり、一度も開かないままだった手紙がしまってある。そんなこといまの今まで忘れていたくせに。それを見た途端、当時の切実な想いの断片が込み上げてきた。
 あんなに苦しかったのに、あんなに変わりたいって願ってたのに、今にしてみるともう戻れないその頃の切実さが懐かしく心を打つ。
 きっとそれだけ真剣だったから。人生と向き合う必死さがあったから。
 箱を開けると、真っ白なままの封筒が慎ましくちょこんと収められている。あの頃あの人の苛烈な感情に振り回されたことを思い出して、そのそぐわなさが可笑しくて少し笑ってしまう。
 手紙は開かずにまたそのまましまった。あの頃の気持ちも、いまの気持ちも、そのまましまって、またいつか出会えたらと密かな願いを込めて。
 明日、私は新しい街へと旅立つ。

#手紙を開くと

5/5/2025, 3:53:44 PM