約3年。
これは俺が彼女に振られ続けた期間だ。
そんな俺が、今では彼女と同棲するまでにいたる。
不意に、彼女が俺とつき合おうと思ったきっかけが知りたくなった。
ただそれだけの好奇心で、ソファで洗濯物を畳む彼女の隣に座る。
「俺たち、お友だち期間はそこそこあったと思うんですけど」
「……ん?」
靴下を丁寧にサクランボにしていた彼女の手が止まった。
「え。なんすか、その反応」
「いや……」
数拍、彼女は眉を寄せて表情を曇らせる。
冴えない様子を崩さぬまま、戸惑いがちに口を開いた。
「私たちの間に友情なんてあったか?」
「ひどいっ!」
大げさに声をあげて顔面を両手で覆って泣くフリをしてみる。
「毎日顔を合わせて毎日待ち合わせして毎日恋愛相談してたのに!?」
「友情の前に、記憶の乖離がありそうだな?」
そんなことをした記憶がないといわんばかりに、彼女は容赦なく吐き捨てた。
「ったく……」
トントン、と遠慮がちに俺の太ももを突く。
「お友だちだったらなんなの?」
「あ、ノってきてくれるんですね♡」
パッと両手を離してかおをあげると、あきれ果てたまま彼女はため息をついた。
「くだらないことだったら怒るくらいはすると思う」
「大事なことなのでそこは問題ありません」
彼女が洗濯物から手を離して聞く体勢に入った。
洗濯物をソファの隅に避けて、わざわざ手を止めてくれるところが本当に愛らしい。
「俺の告白に応えてくれるきっかけってなんだった……おわっ!?」
俺が言い切らぬうちに、ニコイチで仲良しにした靴下を顔面に向かって束で投げられた。
「くだらないこと聞いたら怒るって言った!」
「あれだけアホみたいに俺の告白を断っておいて、OKしてくれたきっかけを聞くことのどこがくだらないことですか」
「アホみたいな数打ってた自覚があったんならちょっとは自重してほしかったがっ!?」
「はあああっ!? なんで今そんなひどいこと言うんですか!」
「今だからだろうがっ!」
そうか?
振られ続けた当時、直接言われたほうがダメージはデカいと思う。
それで諦めるかと言われたら否だ。
むしろ燃えるまである。
あ。
だからこそ、このタイミングで打ち明けたのか。
「きっかけ……っていうほどじゃ……。ただ、れーじくんの誕生日とか、知らなかっただけ」
「え、誕生日?」
予想もしていなかった返しに驚けば、彼女はゆっくりとうなずいた。
「10代に迫るのは倫理的にどうかと思う」
「迫るのは俺ですが」
「責任を迫られるのは私」
「それはそうですね?」
俺と彼女の歳の差はひとつ。
誕生日も俺のほうが遅いから、一時的に年齢が重なることもなかった。
普段、その1年の差を気にすることはないが節目節目で嫌というほど痛感する。
彼女の中でも、年齢の弊害は大きかったのだろう。
「あぁ。だから酒の席でOKしてくれたんですね♡」
「れーじくんが二十歳すぎて、ちゃんと目を見て好きって言ってくれたときに『いいよ』ってするつもりだった」
「見てませんでしたっけ?」
「わ、かんない。ゆ、誘惑に負けちゃいそうで……避けちゃって、た、から」
誘惑って……。
好きと告げるだけで大げさな。
とはいえ、押しの弱い彼女のことだ。
意外と本気で揺れ動いていたのかもしれないと思うと悪い気はしない。
「……へえ。あれ、追いかけてもよかったんですね?」
「ダ、ダメっ!」
「イヤじゃなかったんでしょう?」
「でも、困る……から……」
酒を使って彼女を口説くなんて愚の骨頂だと自責していた。
まさか彼女にとっては吉報になっていたとは。
「……だ、だから、待ってた」
俺の誕生日を知る術を、当時の彼女は持たない。
俺に気を持たせるような行動も一切取ってこなかった。
俺の学年が上がるまで。
酒を飲むまで。
彼女はただ、静かに待っていた。
そのいじらしさにパリンッ、と恋に落ちる。
「ね、こっち見て?」
「この流れでできるわけ……」
「うん。でも、お願い」
「う……」
彼女自身が認識しているかどうかはさて置き、彼女は意外と男友だちが多い。
数いる男友だちのなかで俺という存在を選んでくれた。
その優越感に何度も心が満たされる。
「俺とつき合ってくれてありがとうございます」
「……っ、そ、れは。こ、こちらこそ……」
オーバーフローしかけた彼女が、チラッと俺と視線を絡めたのは一瞬だ。
そのわずかな時間でさえ、限界寸前の彼女には耐えがたいものらしい。
「ねぇ、その顔。やだ……」
「どんな顔?」
「どんなって……」
フルフルと首を横に振った彼女は、ソファの隅に追いやっていた洗濯物を手探りで鷲掴んだあと、顔を隠した。
迫ってもいい、んだよな……?
彼女の懸念していた年齢という隔たりはとっくに消えた。
「なんで隠すんですか?」
それはそれとして、かわいい顔面を隠している俺のシャツだということを彼女は自覚しているのだろうか。
あとで絶対に奪い取ってやると誓いながら、彼女に迫った。
「ちゃんと見せてください。俺のこと好き好きって言ってる顔」
「……だからヤなんだってば」
くぐもった声を漏らす彼女に、フッと口角が上がっていくのを自覚した。
「自覚してるんですね?」
焦ったいほどゆっくりと、彼女は顔を隠していた腕を下げる。
羞恥に染まった瞳は俺を頼りなくにらみつけた。
「いじわる……」
「ごめん」
真っ赤に熟れた彼女の顔は、いとも簡単に俺の理性を削ぎ落とす。
噛みしめられたその唇の上に俺の唇を重ねていった。
『friends』
10/21/2025, 6:14:48 AM