望月

Open App

※うっかり書き終わった《優しさ》を消してしまったので、今回は複合のお題になります……。


《優しさ》&《街へ》

 街角で喚く少年とその首根っこを掴むおじさんを見付けた。
 人通りの多い時間ならともかく、朝方の時間に盗みが成功するとでも思ったのか。
 上質とまでは行かないが、そこそこ質の良い衣服を纏った少年。薄汚れているせいか、平民かそれ以下の水準の生活を送っているようにしか見えない。
 街行く人が無視していく中、俺は、とうとう手を振り上げたおじさんの肩を叩く。
「やあ、何かあったのかい?」
「このガキがうちのリンゴを盗みやがったんだ!」
「うるさい! 離せよ!!」
 全体的に青く、まだ熟していない美味しくなさそうなリンゴを少年は大事そうに抱えていた。
「そりゃあ大変だ。けど、子供相手に手を上げるのは良くないんじゃないか? ここで衛兵でも呼ばれちゃ、おじさんが悪者にされちゃうかも知れないよ」
 俺の言葉に、おじさんは慌てて手を下ろした。
「でもこのガキがうちのリンゴを盗みやがったんだ、見過ごせる訳ねぇだろうが!!」
「だね。じゃあ、この少年の代わりに俺が代金を払うから、それで手打ちにしてやってくれないか?」
「……物好きだな」
 そう言いつつも代金を受け取った途端に店に戻っていくのだから、現金なものだ。
「偽善者め! 優しくしたつもりだろうが、僕は感謝なんてしないからな!」
 そう吐き捨てて去ろうとした少年の肩を掴む。
「何言ってるんだ? そんなに買いかぶらないでくれよ、照れるだろ?」
 本当に見返りを求めないのであれば、偽善だと言われるのも納得だ。だが、こちらは見返りを求めているのだ、一緒にされても困る。
「俺はしっかりと、借りは返して貰うぞ?」
「……言っておくが、家もないし親もいないし金もないからな!」
 清々しいまでの告白に、流石の俺も同情を禁じ得ない。金はさておき、家も親もいないのか。
「なるほど、お前以外何もないんだな」
「そうそう僕以外……って、え?」
「伯爵様! お探しの御子が見つかりました!」
 それが道に響き渡ったかと思うと、わらわらと衛兵が少年を囲む。
「え? 何、怖っ……は? えっ?」
 少年の動揺している声が聞こえる。
 何も知らないままは可哀想かと思い、衛兵に一言断って近付き、少年の耳元で囁く。
「お前の母親は伯爵家に仕えていた。そして、伯爵との不義の子がお前だ。珍しく世間体を気にしただけの追放で、母親が病で死んだら伯爵家に保護されるようになっていたようだな」
 ぽかんとした表情の少年を置いて、俺は離れる。
 伯爵家の馬車に詰め込まれる少年の声を背で受け、俺は歩き出した。
 行きずりに先程少年と揉めていたリンゴの店主からリンゴを受け取り、その曲面に掘られた文字を読む。
『成功 ノーレンへ』
 任務の結果と、次の任務先の街名だ。
 そう、俺とリンゴの店主は同じ組織の構成員だ。
 先程の茶番は少年を伯爵家に引き渡す為のもの。
 盗みの経験のあるなしもそうだが、日常的に自分の目でリンゴを見たり切ったりしたことのある人物ならあのリンゴは盗らない。
 単純に、まだ熟しておらず今日明日の食糧としてならないからだ。
 だから、敢えて盗みやすい人通りの少ないところに、リンゴの屋台を置いた。
 盗みになれていない、そこそこ育ちのいい筈の少年が現れるのを待って。
「母親が亡くなったのが五日前……窃盗に手を出すまで時間がかかるあたり、良いとこの坊ちゃんだな」
 これから少年には、飢えて死を待つよりも地獄が待っているだろう。腹の探り合いも責任転嫁も、見る必要のなかった世界だ。
 なのに、組織が——俺という存在が関わったことで少年は人生が変わるのだろう。
 親に人生を左右されて、可哀想だ。
「……俺の優しさなんてもんは、母親の腹ん中にでも置いてきちまったさ」
 誰かを地獄に突き落とす為に、手を伸ばす。
 その行為が優しさであるはずがなく、偽善にすらなれないだろう。
 時折、罪悪感に苛まれ嫌悪感に呑まれるけれど。
 それでも、俺はこの組織から抜けることはないだろう。だって——唯一父親が俺に残してくれた、願いであり望みなのだから。
 俺の優しさはそういう、手段であり、悪意なんだ。
「……感傷に浸るのも馬鹿らしいな、珍しくも何ともない依頼だったのに」
 そう、依頼だ。それにしては、感情の動かされる。
 手にしたリンゴをしゃくり、と齧り俺は歩く。
 依頼主が望んだことを遂行すること。男爵以上の、貴族からしか依頼を受け付けないこと。必ず損得勘定で動くこと。
 それがこの組織の絶対だ。
 だから俺は、この組織で優秀になろうとしている。
 そうすればきっと、この組織の絶対的ルールを理解できるのではないかと思っているからだ。
 損得勘定で、なんて、およそ感情で動くことを否定しているのだろうか。
 だが人に感情は付き物だと思う。つまり人間性を否定しているのか、とも思うことが多々ある。
 なのに、そんな組織に身を置く理由は、自分自身には何かが欠けている、と自覚しているからだ。
 そうでなければ、きっと、とうの昔にくたばっていたことだろう。
 馬鹿らしくなった思考の果てに、俺はいつも一つの答えに辿り着く。
「——さあ、次なる街へ」
 任務をこなしている内に、見付けられる筈だ。
 本当の優しさと、その価値を。
 人々の想いが連なる国で、非道徳的な俺たち組織の足音は、きっと国中の闇に響いている。

1/29/2024, 7:24:36 AM