「はぁー」
フレーは手を擦り合わせて空中に白い息を吐く。村に戻ってきたのは一年も経たないほどなのにどうしてこんなにも寒く感じるんだろうか。
オレは手袋をつけた手をコートのポケットに突っ込みフレーの頭に顎を乗せる。
「ちょっと!重いんだけど!」
「う、うるせ、っつーの...寒過ぎんだろ...」
あまりの寒さに歯の根がカチカチ鳴りながらもフレーに文句を言う。
「こ、こんな、寒いってのに、ここで何やってんだよ、お、おかげで、森の中まで、探してたんだぞ」
「ごめんごめん」
笑って謝るフレーの頬に手を当てる。冷たい!と悲鳴をあげるが、そんなこと知ったこっちゃない。それにこんなに冷たくなった原因はフレーにもある。
オレの幼馴染であり、婚約者でもあるフレーデル・アンドールは今日みたいな冬晴れの日、特に雪が積もった日は理由もなくふらっと外に出てしばらく帰ってこないことがある。
大抵は2、3時間ほどすれば帰ってくるのだが、今日は朝っぱらから抜け出して、心配になったアンドールおばさんがオレにフレーの場所を聞きにきた。
オレよりも2歳年上のくせして白い息を吐いて遊ぶなんて子供じみたことを続けてるなんて信じられない。
それにオレはマフラー、帽子、分厚いコート、裏毛のブーツを履いているのに対してフレーはマフラーとオレと比べると薄いコートしか着ていないのも信じられない。
「お前それだけで寒くねえのかよ。オレ凍えそうなんだけど」
「それは大袈裟じゃない?」
「じゃあお前の鼻なんで赤くなってんだよ」
むぎゅ、と赤くなった鼻を摘むとムッとしてオレの手を振り払う。
「はいはい、今日も私を探しにくるのお疲れ様ー。って言うか、いつもどうやって見つけるの?私いつも場所変えてるよね?」
「どうやってってお前...そりゃぁ、幼馴染のカンっつーか、お前のその髪色っつーか...雪の中でオレンジ色って目立つだろ」
「ふーん...エイベルにしてはあやふやな言い分だね。でもまぁ、それもそっか」
「おう、いい加減戻るぞ。朝飯食ってないだろお前」
「言われてみればお腹空いてきた。早く戻ろう!ほらほら、置いていっちゃうよエイベル!」
「あっ!おい待てよ!」
フレーは楽しそうに笑いながら走って木々の中に消えていった。慌てて追いかけるが地味にオレより足が速いフレーとの距離はどんどん引き離されていく。
相変わらずオレンジ色のおさげは木と木の間から見えるものの、だんだんそのおさげも小さくなっていくことに危機感を覚えた。
このまま見失ってしまうのではないだろうか。オレの手の届かない場所に行ってしまうのではないだろうか。あのオレンジ色の髪は雪景色に溶けていってしまうのではないか。
考えながら走っていたからか、フレーを見失ってしまった。
はっ、はっ、はっ、と浅く呼吸を繰り返す。
「ッフレー!どこだッ!」
木々の間に向かって叫ぶも返事は当然ながらない。
「フレー!!ッフレー!!」
しばらく呼び続けていたら木の幹からひょこっとフレーが出てきた。
「どうしたのそんな呼んじゃって...怪我でもした?」
オレの心配も知らず呑気なことを言うフレーを思わず思いっきり抱きしめる。
「うわっ、ちょっとどうしたの本当に!?」
「勝手にどっかいくなよ...心配するだろ...」
絞り出すような声で文句を言うとフレーは上げていた手をオレの背中に添えて子供をあやすように軽く叩いた。
「ごめんごめん、エイベルついてきてると思ってたの」
「ん、」
オレはフレーに自分の小指を差し出す。フレーはキョトンとした顔で小指をきゅ、と握った。
「違う、約束だ、約束。もうどっか勝手に行かないって約束しろ」
オレがそう説明すると納得したように、でも少し呆れたように笑い小指を絡めた。
「指切りげんまん、勝手にどこかに行かない、指切った」
「ふふふっなんだかエイベルのほうが子供みたい」
笑われたっていい。それでフレーが消えてしまわないなら、それでいい。
1/5/2025, 11:49:18 PM