すゞめ

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『夢の断片』

 ベッドの上で俺を押し倒して、明確に誘い込む彼女のあられもない姿に息を呑む。

「ちょ、待って」
「なんで?」
「なんでっ、て……」

 俺の上で跨った彼女の姿はまさに絶景。

 艶を帯びた瞳と唇で迫られ、普段の澄ました態度からは想像もできないほど直情的に迫られて理性を煽られた。
 下腹部を刺激されて背筋に昂っていく高揚と期待。
 シャツのボタンを外す衣擦れを敏感に察して、生唾を飲んだ。

「ねぇ。早く、シよ?」

 頭が沸騰する言葉に顔面を覆う。
 バクバクと心臓の音が激しくなり、彼女の声音をかき消したときだ。

 ぼやけた視界に入ったのは、彼女の姿ではなく見慣れた天井。
 けたたましく鳴り響く目覚まし時計のアラーム音で、俺は全てを察した。

 俺は、彼女のいかがわしい夢を見たのだろう。

 ……最悪だ。

 あまりのいたたまれなさに、急いで洗面台へ向かって頭を冷やした。
 だが、冷水を浴びても艶かしく俺を翻弄する彼女の姿はなかなか脳裏から離れてはくれない。
 聞こえてくるはずのないしどけない声や、淫猥な水音は夢が覚めた今でも耳奥に残っていた。

 ああああぁぁぁぁっ!!
 かわいかったけれども!

 夢なら好き勝手に手を出せばよかったと思う反面、昨夜は昨夜でしっかり彼女とは肌を重ねていた。
 それにもかかわらず、彼女を渇望する自分の厚かましさにドン引きする。

 つき合いたてじゃあるまいし、なんで今さら……。

 彼女が既に家を出ていて助かった。
 あんな夢を見てしまって顔を合わせるとか気まずいどころではない。

 室内とはいえ、早朝の静寂に包まれた空気は冷たく肌を刺した。

   *

 仕事、家事、持ち帰り作業。
 煩悩を消し去りたくていつもより身を粉にして動いていたが、徒労に終わった。

 意識しないようにすればするほど、彼女の色香に惑わされる。
 悶々としているうちに彼女が帰宅してしまった。

「ただいまーっ」
「……おかえりなさい」

 リビングで彼女を出迎えた俺は、帰宅早々、彼女をソファに押し倒す。

「ぅえっ?」

 はらりと乱れた青銀の横髪を流して、瞬きを繰り返す大きな瑠璃色の瞳を見つめた。
 しかし、今はどうしても薄い桜色の唇に目が移ろいでしまう。
 一日が終わるというのに、彼女の唇は瑞々しくて艶を帯びていた。

「な、なに? なんか怒ってるの?」
「いいえ、特には」

 唇に伸ばしてしまいそうになる手を必死に抑えながら、彼女に迫る。

「早速で申しわけないのですが、帰宅後の新婚三箇条をお願いします」
「なにそれ?」
「飯風呂私のお決まりの口上のことです」
「たった今、帰ってきたのは私のほうなんだけど」

 眉をひそめながら脱走を図ろうとする彼女に、俺はさせまいと応戦した。

「そんな瑣末なことはいいですから」
「瑣末ではないだろ」

 経験上、逃げられないことを察しているのだろう。
 最終的に、ゲンナリと息を溢す程度の抵抗を見せたあとは、おとなしく観念した。

「風呂、飯、私……、その順序でなら受け入れる」

 ……は?

 投げやりながらも協力的な彼女の態度は、俺の理性にヒビを入れる。

「新婚三箇条と言ったら、キス、ハメ、ハグでしょうが」
「5秒前に言った自分の発言を振り返れっ! このドすけべっ」
「おふっ!?」

 さすがに流されてはくれないらしい。
 お転婆で容赦のない膝が俺の脇腹に飛んできたが、なんとか耐えるとができた。

「実物を見たら夢なんてどうでもよくなるほど、あなたがかわいくておかしくなりそうです」
「はあっ!? れーじくんの様子がおかしいのは今に始まったことじゃないじゃんっ!!」
「元はといえば、夢であなたが俺をえっちに誘惑したせいです。責任取ってください」
「ゆ、夢ぇ!?」

 俺の言葉に彼女のお口の治安が無法地帯と化した。

「そんなの知らないし、聞いてないからっ! 勝手に理性飛ばして責任押しつけてんじゃねえよっ!」

 だったら夢以上にかわいく照れないでくれ。

 彼女の正論は、今の俺には正しく響いてこなかった。

 もどかしそうな衣擦れ、ソファの軋み。
 紅潮した頬、浅くなる息づかい。
 触れる滑らかで柔らかな肌、高くなる体温。
 強気な言葉とは裏腹に、困ったように逸らされた視線。

 一日かけてすり減った理性は、彼女という存在で一気に瓦解した。

「とりあえずおかえりなさいのチューはします」
「ん、んんーっ!?」

 むちゅむちゅと彼女の唇を強引に奪う。
 夢なんかよりも蠱惑的に蕩けていく彼女の姿を、目に焼きつけていった。

11/22/2025, 9:55:54 AM