「なあ、ほんとに行くの?」
「お前な、何言ってんだよ今更?」
「いや……そもそもこんなとこ来たのが間違いだろ。やめようぜ。」
「ビビりめ……ま、お前はここで待っててくれればいいからさ。帰んなよ!」
俺はそう言って一人暗闇へと消えて行くお前を見ていた。それがお前との最後の会話になるなんて思いもしなかった。
次に会ったお前がこんな箱に詰められてるなんて、本当に思わなかったんだよ。
「兄さん……」
「徹……」
「徹くんはお兄ちゃん子だったものね……」
アイツの弟が棺にしがみついて泣いている。宥める大人をものともしない、見事な泣きっぷりだった。周囲の人間も彼の涙に感染した様に目頭を押さえる。
「徹くんも可哀想に……」
黒い服に身を包んだ母さんも、アイツの弟に同情的だった。俺は黙ってジャケットの裾を握る。
「本日はありがとうございました。」
現実味がないままに葬式が終わる。宗教的な問題か何かで火葬はしないらしい。棺が車の中へ運び込まれて行く……
ごめん、ごめんな。俺はビビりなんだ。俺の力ではどうしようもないものが恐ろしくて仕方ないんだ。
「兄さんはとても明るくて、優しくて……僕の自慢の兄でした。」
兄の魂はこれからも永遠に、この家を見守っていてくれると思います。
まだ若い弟の言葉に、親戚らしい周囲の人間が感心したように頷く。寒気がした。
ああ、お前の言った通りだったよ。
『なあ、俺死ぬかも。』
『はぁ?』
『うちの家系は代々男二人兄弟なんだよ。んで、二十代のうちに長男が死ぬ。』
『それは……遺伝病的な?』
『いや。少なくとも病死では無い。全員健康体だったと記録にあった。』
『記録?……どういうこと?』
『これは推測だが、と言っても、俺はかなり真実に近いと思ってるけど。うちの家系はな、代々長男を殺しているらしい。』
『……はあ?』
有り得ないと呆れる俺と、証拠があると譲らないお前。じゃあ見せてみろだなんて、言わなければよかったんだ。いや、俺も本家に、お前について行くべきだった。それなのに、あろうことか俺はあいつに見つかって逃げ帰って……
「園田さん。」
びくりと体が跳ねる。いつの間にか背後に回っていた弟が、俺の肩に手を添えている。
首筋に触れた指は、無機物のように冷たかった。
「て、徹……」
「今日は来てくださってありがとうございます。兄も喜びます。」
「あ、あぁ……」
首筋を撫でるようにして離れていく手に、ぞわりと鳥肌が立つ。
『園田さん』
あの夜の声と重なった。
『兄は永遠になるんです。』
なあ、アイツの死体をどうするんだよ。
『永遠に』
11/2/2023, 9:55:16 AM