「ああこら、強火にするんじゃないよ。」
藤間が焦ったようにカセットコンロの火を弱めた。
フライパンに転がった2つの目玉は、すでにほんのりと白みを帯びてしまっている。
「料理できないくせにしゃしゃるな。」
「でも、そのほうが早く焼けるわ。」
「典型的な馬鹿野郎だね。」
咲華は唇をとがらせ、フライ返しで目玉の橙色部分をつついた。
ぷつ、と薄い膜が破れて、どろどろした内側が溢れてくる。
「ああ、もう。」
「ほら、固まってないじゃない。やっぱり強い火のほうがいいわ。」
「違うんだって……。」
藤間が顔に手を当てて大きく息を吐いた。
いつもにこにこと難しい言葉を羅列する彼が、今はどうしてか言葉を詰まらせてひどく狼狽している。
その様子がとても面白い。
「どうして強火で焼いてはだめなの?」
「焦げるだろ、底面が。弱火でじっくり、蓋をして。そうすれば全体に火が通って、綺麗な目玉焼きになる。」
「ふうん。そうなの。」
あまり興味のなさそうな声色が出た。
「はあ……料理なんかやらせなければよかった。」
「そう?楽しいわ、藤間が困っているところを見るの。」
「僕は何も楽しくない。」
おぼつかない足取りで近くの椅子に腰を下ろし、不機嫌そうな顔で咲華の気の抜けた表情を見る。
咲華もその隣に座った。
油のはねる軽快な音、窓から入り込む電車の轟音、その間に言葉はなく、彼女はそっと目を閉じる。
「ねえ。」
「なんだい。」
「手、握らせて。」
「やだよ。君は体温が高いから。」
「あなたの手はいつもつめたい。」
藤間の血管の浮いた指先まで腕を伸ばす。
一瞬だけびくりと拒絶するように動かしたが、そっと包み込めば優しく握り返してくれた。
咲華は知っている。
藤間の言葉と行動はいつも一致しない。
「……やっぱり冷たい。熱を持っていないみたい。」
「まあ、君からしたらそうだろうな。」
「わたしの手、あたたかい?」
「あついよ。」
細長い指、爪も伸ばしっきりでガタガタ。
いつでもどこでも真冬に連れて行ってくれる藤間の手が、咲華は好きだった。
この手は自分に振り上がらない。
いつも下から、まるで犬を愛でるような動きで咲華に触れてくる。
それがとても心地よいのだ。
「……そろそろかな。」
「なにが?」
「目玉焼き。もう火が通っただろ。」
「わたしがお皿に盛り付ける。」
11/27/2024, 12:38:49 AM