「もう1杯くださぁい」
「ダメですよ、そんなに酔ってしまっては」
酒を飲みたいと駄々をこね始めた彼女は、酔いが完全に回っているのにもかかわらず、お酒を飲む手は止まらなかった。いつもに増して緊張感がなく無防備な姿を見せるあなたに他の男にも酔ったら同じ態度をとるのか、と少し嫌な気持ちになる。
口を開けば、今お付き合いしている男の話ばかり。これが不満だとか、このように言ってきて腹が立った、などである。
私なら嫌な思いなんかさせないのに。そう言いたくなる私がなんだか薄っぺらい人間のように思われて、吐露しそうになる口を噤む。その話を聞きながらにこやかにいつも通りの私を演じた。
あんな男なんて捨てて、今宵、私で上書きしませんか。
辛かったこと、苦しかったこと全て、私との記憶で塗り替えましょう。
肩をとんとんと軽く叩き、眠りにつきそうだった彼女は振り向く。
私は左手を胸に当て、軽く頭を下げながら彼女の目の前に右手を差し伸べた。今夜、あなたが忘れられるほど楽しいひとときを過ごすために。
『踊りませんか?』
10/4/2023, 1:37:29 PM