欲望。
何かを欲しいと思う心。
人間なら誰しも持ちあわえている心の動き。
今私はその欲望によって突き動かされていた。
ここは週一で訪れる、お気に入りのゲームセンター。
そこに置かれているUFOキャッチャーと格闘していた。
そのガラス張りの箱の中には私の欲望がそのまま形になったようなぬいぐるみが鎮座している。
白くてフワフワした可愛いクマのぬいぐるみ。
上品な赤色のリボン。
そして私に助けを求めるつぶらな瞳。
私のストライクゾーンど真ん中である。
私の中の理性が『取っても置くとこないZE』といっているが無視する。
欲しいものは欲しいのだから仕方ない。
オタクたるもの欲望に忠実であれ。
私の格言である。
だが、状況は悪い。
すでに2千円溶かしているのだが、元の位置から半分くらいしか動いていない。
残弾も心もとない。
これ以上お金を投入して、果たして勝てるのだろうか。
撤退すべきか?
私の心は揺れ動く。
もしこの世界がラノベなら、『俺が取ってやるよ』と言ってUFOキャッチャーの得意なクラスの男の子がサラッととGETしてくれるのだろう。
だけどそんな奴はいない。
現実は非情である。
「あの、いいですか?」
後ろから男性から声をかけられる。
救世主来たか?
だがクラスメイトではなく、店員だった。
何の用だろう?
「景品少し動かしましょうか?」
店員の発した言葉に耳を疑う。
店員の『アシスト』。
都市伝説だと思っていたが、実在したのか!
何が目的かは分からないが、断る理由は無い。
「お願いします」
そう聞いた店員はカギを取り出し、UFOキャッチャーのガラスの扉を開ける。
「ぬいぐるみが好きなんですか?」
一瞬呆けた後、自分に話しかけているのだと気づく。
「これ人気があるんですよ」
「そうなの?」
「はい、絶妙に不細工なのが可愛いって評判です」
は?何言ってんだ、この後輩。
どこから見ても可愛いだろ。
……いや、絶妙に不細工だな。
熱くなってて気づかなかったわ。
可愛いけど。
「ここで大丈夫ですか?」
店員は一歩下がり、ぬいぐるみの置いた様子を見せてくれる。
出口にかなり近い場所に置いてある。
これならば数回で取れれそうだ。
「ありがとう。これで大丈夫」
「分かりました」
そういうと、店員はUFOキャッチャーのカギを閉める。
「がんばってください」
そういってイケメンの店員は帰っていく。
別にカッコよくはないけれど、助けてくれたのでイケメン認定した。
私は恩に報いる女である。
そんなことを思いながら次弾を投入し、UFOキャッチャーを操作する。
すると、なんと一発でとることができた。
やったぜ。
あの店員、仕事が出来ると見える。
取り出し口から、熊のぬいぐるみを取り出す。
見れば見るほど絶妙に不細工だが、可愛いので良しとする。
ぬいぐるみの抱き心地を確かめてから、そのまま家に帰る。
と、クマのリボンの隙間に、紙が入っていることに気が付いた。
なにかと思って中を見てみると、書かれていたのは名前とL〇NEのID。
まさかさっきの店員!?
何か裏があると思ったが、私が目的だったか!
周りを見渡すが、彼の姿はどこにもない。
逃げられたか。
まあいい。
それはともかく、この紙どうしたものか。
よく知らない相手に連絡するなと、親からもよく言われている。
だが心の中では連絡してもいいと思っている自分がいた。
理由はともかく助けてくれたので、もう一度お礼を言うのもいい。
よく思い出してみれば、普通にイケメンだった気もする。
あの店員、あのアシストだけで私にここまで意識させるとは只者ではない
私のハートは、彼にがっちり掴まれたのだった。
UFOキャッチャーだけにね。
3/2/2024, 9:56:49 AM