イブリ学校

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死んだら星になるって素敵だね。
何気ない顔で夢見がちな彼女は言った。
そして僕はこう答えた。
星は遠いから嫌だ。せめて海の底がいい、暗くて落ち着きそうだし。
それに対して、彼女は相変わらず夢がないと笑った。

彼女は夢だったプロのチェロ奏者を目指していた。だから、毎日毎日遅くまで音楽教室で練習して、帰りに塾の僕と合流するのがお決まりだった。
そして、彼女の遠くまで響くチェロの音は、僕のような卑屈で深い海の底がお似合いのような人間の心にも温もりをくれるようだった。だから、僕は彼女のチェロが好きだった。

ある日、僕は彼女といつも合流する場所で待っていた。しかし、待てども彼女は現れなかった。僕は、まだ音楽教室にいるのかもしれないと思い迎えに行ってみることにした。しかし音楽教室はとっくに光を失い非常灯だけが不気味についていた。
僕はなにか怒らせるような事をしてしまったかと思ったが、一応の先に帰るという連絡だけを冷たい携帯で彼女に送り家に帰った。

帰宅早々、慌てた母から彼女が亡くなったことを告げられた。事故死だった。どうやら、母が言うには「小さな子を守ろうとトラックに飛び出してしまった。小さな子の命に別条はなかったらしいが彼女は即死だった」ということだった。
「彼女らしいな」僕はそう思った。

自分も目の前の小さな子も助かるという夢を見て、トラックにぶつかったのだろうか、
自分の夢はどうした、
チェロ奏者になるんじゃなかったのか、
夢の見過ぎだ、
現実を見ろ、
死んだらすべて意味ないじゃないか、

涙は出なかった。
親友の死だというのに僕は何も感じなかった。
自分が嫌いになった。
自分に向かって「やはりお前は海の底がお似合いだ」そう言って、気持ちの悪い湿気ったベッドの中で眠った。

僕はその日、夢を見た。それは見渡す限りの黒い空と夜独特の不気味な海が広がり、そこにぽつんと裸足の僕が岩の足場に突っ立っていた。
冷たい岩肌が足に刺さり、夢なのか疑った。そして僕は足の痛みに耐えられず思わず膝をついた。膝をついた瞬間、海の中を覗いてしまった。そこには、ただ暗闇と無音の何もない世界が気持ちよさそうに広がり僕を誘っていた。僕はいよいよ膝と足の痛みに耐えられなくなり、海に飛び込もうと思った。その時、海面に光の点が一瞬煌めいた。なぜだか、僕は絶対に見逃してはいけない気がして、その光の点が煌めいた場所を凝視した。すぐ後ろでまた煌めいた気がして僕は振り返った。また別の場所で光っては僕は見失った。見失う度に僕の胸にはなにか熱いものが湧いた。そして一瞬、あのチェロの音が聞こえた気がした。僕は、目を閉じてもっと集中して耳を澄ました。それは波の奥、聞こえにくいがはっきりと存在した。彼女の暖かいチェロだった。何かが光った気がして僕は目を開けた。
そこには、さっきまでの何もない暗い海面に眩しいほどの光の点が波に揺られながら無数に散らばっていた。
とても綺麗だった。
不意に上を見上げないと何かが垂れてしまいそうになり、顔を上げた。
そこには、すべてを許すように満天の星空が悠々と広がっていた。僕は何処かに彼女がいるんじゃないかと思い探そうとした。それなのに僕は海の底から出てきたばかりのようで目から暖かい海水が溢れ出てしまって、ぼやけてなにも見えなくなった。海の底に居続けたせいでそれは一向に止まらなかった。そして僕は心に誓った。もし彼女にもう一度会えるなら僕は最後、星になる。


10/5/2023, 12:56:58 PM