名無しの夜

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 キラキラ光るような、素敵なことも

 マグマのような怒りに満ちたことも

 夜の帳さえ凍るような悲しいことも


 みんなみんな
 その箱に詰めていく


 形のないその箱を覗きこめば


 いつでも『その時』を見ることができる、
 のだけれど


 箱に
 たくさんたくさん詰めるほどに


 形が変わってしまうものも、
 出てきてしまう

 順不同で


 本当に忘れたくないものは

 上澄みに
 そのまま残しておきたいのに

 なかなか、思い通りにはいかない



 ——だから。

「このこと、忘れないで。覚えていて」


 ……いつまでも。


 無期限のタグを貼り付けて、ディスプレイ越しに告げる。


『かしこまりました。
 その他、カテゴリー分けのタグはいかがいたしますか?』

 受付嬢とも執事ともとれるグラフィックが滑らかに動き、問う。


 問われるまま、流れるように手続きして。

 これで安心とばかりに、軽やかな足取りで、記憶保護センターから出ていく。


 一度だけ、足を止めて振り返る。


 年を取ったら、ここに入り浸る人もいるらしいし、顧みない人もいる、とか。


 自分はどうなるのかな、なんて、少し思いながら。


 また新しい日々を重ねるために。

 歩幅を広げて、歩き出す。

5/10/2024, 5:54:20 AM