ゆずし

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 パシャリ。

 ぼくは無意識の内に写真を撮っていた。
 何故ならそれが、一枚の『絵』のように完成された画角で、物憂げな空を見上げる彼女に、見蕩れてしまったからだ。

「……?」
「ご、ごめんなさい。えっと───」
「いいよ、別に。"慣れてる"から」

 彼女は、アイドルだった。ぼくはどちらかと言うと二次元寄りで、アイドルという存在に疎かったけれど、彼女の美貌を目の当たりにした瞬間、「なるほど」と思わせるだけの説得力があった。

「よく撮れてるね、それ」
「あっ……えっと。すみません」
「いいの。褒めてるから」

 一息置いて。

「凄く純粋に、私を捉えてると思ったから」

 声を聞く度に、どこか幻想に包み込まれるようで不思議と彼女に魅入られていく。

「何を、悩んでいたんですか?」
「えっ……どうして?」
「さっき、空を見上げている貴女が、何かを思い詰めているような表情だったから。余計な事、聞きましたか?」
「ううん。君の言う通りだよ」

 もう一度、空を見上げた。鈍色の雲に覆われた空はまるで彼女の心の内を表しているようで、どこか落ち着かない。

「私がアイドルになったのは、弟の為なんだ。弟は、生まれつき身体が弱くて、入院生活が続いてた。だから、あの子に……テレビの中でも私を見せてあげられたらなって」

「素敵な理由ですね」


「でも……もう、死んじゃった」


 ぼくは軽く目を見開いて、己の失言に気が付いた。ぼくの謝罪を目で制すると、それから訥々と彼女の心境を語った。


「じゃあ今の私は何の為にアイドルをやっているんだろうって」


 難しい質問だった。それは当たり前で、数分前までぼくは彼女がアイドルである事にすら気が付かなかったのだから。

 今の彼女は、硝子細工のように繊細で、言葉一つで簡単に未来が変わってしまう気がした。それでも、何故かぼくは他人のように思えなくて何とか言葉を紡いだ。

「じゃあ、今は……今はどうですか」
「えっ……?」
「今は、弟さんの為だけにアイドルをやっているんですか。少しでも、楽しいと思う事は無かったですか」

 彼女は少し迷う様な仕草をして。

「あった、かも?」
「なら、今度は自分の為にアイドルを続けたらいいと思います。勿論、楽しければ……の話ですが」

 これで答えになっただろうか。彼女は一度満足するように頷くと、一枚のチケットをぼくに手渡した。

「これ、次のライブのやつ。見に来てよ」
「……いいんですか?」
「うん。これは、自分の為に行う初ライブ記念だから」

 彼女は悠々と去っていった。

 物憂げだった空から、雲の合間を縫う一筋の光が照らされた。これから彼女は彼女自身の為に人生を歩んでいく。その姿を、ぼくを見に行くとしよう。

2/26/2023, 2:07:57 AM