そのひとはいつも、近所の神社の境内の中にいた。
「やあ、坊」
坊と呼ばれる歳でもなくなったのに、そのひとは相変わらず私のことをそう呼んでくる。十代後半頃から気恥ずかしさと不満とにふてくされたものだが、今や二十代すら名乗れない歳だ、突っ込む気さえ起きなくなるというものである。
幼い頃の私がこのひとに尋ね、それに律儀に答えてもらったところによれば、どうやらこのひとはこの神社の関係者らしい。なるほど確かにいつも白の上衣に水色の袴を履いている、と当時の私は素直に納得した。
「結婚するんだ」
とわたしは告げた。
「相手のご両親の家の近くに住むことになった。今日、引っ越す」
最後の日なのだ、とわたしは思う。
高校の入学式の前も、部活の大会の前も、大学入試の前も、定期試験の前も、企業面接の前も、入社式の前も、初デートの前も、私はこの神社へと足を運んだ。何かというとここに来るのが私の定番だった。それが終わる。
「終わるんじゃない、始まるのさ。坊がここに来る時はいつもそうだったろう?」
まるで私の胸の内を読んだかのように言うので、そうか、と私は素直に納得した。
なら、今回もきっと「始まり」なのだろう。
「……行ってきます」
言えば、そのひとは数十年来変わらない顔で「行ってらっしゃい」と歯を見せて笑った。
10/20/2023, 5:24:45 PM