ミキミヤ

Open App

【雨と君】

「あっ、五月さん!」

商店街の閉じたシャッターの前、短い庇の下で雨宿りしていた私の耳に、鈴の音を鳴らしたような可愛らしい声が飛び込んできた。私は俯いていた顔を上げた。
そこにいたのは、友人の陽毬ちゃんだった。白いワンピースを着て、薄桃色の、縁にレース模様の刺繍が入った可愛らしい傘をさしている。その腕にはエコバッグがぶら下がっていた。

「陽毬ちゃん、偶然だね。買い物帰り?」

私が問いかけると、陽毬ちゃんは頷いた。そして、私の隣に並ぶように庇の下へ入り、傘を閉じた。

「こんな雨の日に五月さんに会えるなんて、嬉しいな。覚えてる?わたしたちが出会った日もこんな雨だったこと」

周囲に雨音が響いているのに、陽毬ちゃんの声は不思議とよく聞こえた。

「覚えてる。今日みたいに急に雨に降られて困ってたところを、陽毬ちゃんに助けてもらったんだよね」


ちょうど1年前くらい。同じように急に雨に降られて雨宿りしていた私は、困り果てていた。何故なら、その雨が夜遅くまで止まないことをスマホの天気予報で知ってしまったからである。濡れて帰るしかないかぁ、と嫌な気持ちになって落ち込んでいたところに「あの!よかったら傘入っていきませんか?」と陽毬ちゃんは話しかけてくれたのだ。私は最初遠慮したのだけれど、話すうちに割と近所に住んでいることがわかり、彼女のご厚意に甘えさせて貰ったのだ。
その日、会話をしながら、何となく陽毬ちゃんとの縁をその場限りにしてしまうのが寂しくて、連絡先を交換した。今では休みが合えばお茶をしたりショッピングに行ったりして共に過ごす仲になった。


しばらく、思い出話や近況、最近見た動画の話など、他愛のない話で盛り上がった。

「ねえ、五月さん。今日もあの時みたいに相合傘して帰る?
あと……もしよかったら、うちでお茶していかない?」

話が一段落したとき、陽毬ちゃんははにかんで言った。自宅でのお茶の誘いは初めてだ。お互いの家の場所はよく知っているのに、中に入ったことはなかった。
私は一瞬迷ったけれど、頷いた。陽毬ちゃんのことをもっと知りたいといつも思っていた。また一歩、陽毬ちゃんに近づけることが嬉しかった。

「そうと決まれば!」

陽毬ちゃんは気合いが入ったように元気な声で言いながら、傘を開いた。

「どうぞ、五月お姉さま」

そして、いたずらっぽく笑って、私を優しく傘の中に招く。
私も笑いながら、彼女の傘の中へ入った。


体温が伝わる距離で、2人で歩き出す。
歩きながら、ポツポツと会話を交わす。
その度に心地よい鈴の音が響いて、胸にトクトクと幸せが広がった。

9/8/2025, 10:05:47 AM