公園にある時計塔の下。
いつ頃からだっただろうか。一人の中年の男性が、毎日そこに立っている。晴れの日も、雨の日も、雪の日も。無理に帰ってきた台風の日も。男性は決まってそこに立っていた。
好奇心に駆られた私は、ある日ついに男性に声をかけた。「毎日居られますが、どうしたんですか」と。
すると男性は驚いた様にほんの少しだけ目を丸くして、しかしすぐに朗らかな、育ちの良さそうな笑みを浮かべた。
「妻を、待っているのです」
「もう何十年も前に、ここで喧嘩別れをしてしまって」
「ずっと後悔していて。謝りたくて」
「毎日ゆうやけこやけが流れるまではと、待っているんです」
「……でも…、今日も来ないみたいです」
男性がそこまで言ったところで頭上から、コチ。と音が聞こえて、近くのスピーカーから大音量でゆうやけこやけが流れ始めた。それに驚いて思わず目をぎゅっと瞑る。流れ続けるガビガビに割れた音に顔を歪めながら目を開くと、男性は居なくなっていた。
男性の時は、止まったままらしい。
『時計の針』2024/02/07
2/7/2024, 4:42:38 AM