上空からプロペラの回る音が聞こえる。こちらに近付くにつれて耳が痛くなる。忌々しい程に警鐘の如く存在を知らせる航空機は太陽と真逆の方角へ通り過ぎた。この地では草も生えず太陽を遮る高層ビルは生えてくる気配がない。私は墓石に触れる。彼が逝去してから約何年経ったろう。世界は再び阿片をきっかけに争いを起こし、平和だったあの日々とは想像もつかないくらいに、猖獗を極めた。
ただ阿片といってもそれはコンピュータ内に包含されている依存性の高い人工知能の事である。イモニセkと呼ばれる人工知能は人間関係が希薄化した電脳内政府を基礎単位とした社会には必要不可欠だった。21世紀の社会の人間関係におけるコモンウェルスは交話的コミュニケーションと忍従の肯定だった。機械的な問答、上司との飲み、気に食わない相手との会話、面倒臭い客の対応。生きる為とはいえこれが連綿と続くのなら…と未来に失望して若年層は自殺を図り、労働力は年々減っていく。
それを救ったのがイモニセkだ。人間的な返事をして、事前に得た個人情報と会話の蓄積から傾向を導出してその人物のカロカガティアに導くまるで神のような装置だった。瞬く間に出生率は上昇し、人と無理に会わずしてあらゆる生産や外務委託が可能になり、買い物もイモニセkを介して注文出来る。人間関係を必要最低限にしておくことが、電脳市民の普遍的な幸福なのだ。いや、もう市民と呼ぶのも厭わしい人間像が築かれていったのだ。 そんな人類の生が永劫に渡ると思えた。だが、この様な社会が持続する訳がない。先進国と発展途上国の格差はシュバルツシルト曲面が存在しているかのように明確な文化の境目があった。それは先進国が連合国のみで輸出入を決定したのが要因だったのだろう。発展途上国は常時トリップしている先進国の一つに攻め入り、見事に壊滅させた。そこでようやく先進国は、自分達が御伽噺に陶酔していた事に気付いた。
「君との日々は夢のように心地良かった。しかし、やはり夢だったようだ。目を覚まして、戦わなければならない。」
彼は勇ましくそう言い放った。そして悲しくも散った。
墓石の近くで少年が脳をさらして倒れている。もう彼の子供を産む事は叶わない。私の笑顔を褒めてくれる事も叶わない。ならばせめて、花を供えてやりたかった。しかし退廃した街の残骸に花は咲かない。私にはもう生きる理由などない。航空機が向かった方角を睨みながら呪詛を唱えて、地球滅亡を願った。
ふと、鮮やかな何かがある事に気付いた。警戒しながらも近付いていく。それは、花束だった。紫色の花が束になっているようだ。恐らくトリカブトだろう。墓に添える花としては相応しくないが、こんな世界には相応しい花だ。私はトリカブトの花束を取るために走る。
死ぬのなら彼の隣で。
そして私は遂に花束を手に取った。
その瞬間、私の手の中で超新星爆発の様な爆発が起きた。息ができない。全身が溶けている感覚がある。私は彼の為に、遂に何も果たせなかった。美しいものには刺があるのだと、死の直前激しく痛感した。
「花束」
2/9/2023, 5:32:18 PM