生暖かな晴天のもと、いつもの散歩道でふと視線を横にずらした。低い坂の上に、一階建ての横長い家々が並んでいる。坂の上近くの家が目に入った。ちょうど玄関の扉が見える。
すると、その扉はゆっくりと外に向かって開いた。開かれた玄関口には誰もいなかった。扉はスローモーションのような動きをしている。それとも、春風とともに開かれた扉を見て、私が夢見心地を覚えたか。ゆったりとした動作から、扉が「お入り」と言っているようだ。
思わず足が動く。招かれている。知らない家だが、きっと入って良いはずだ。だって招かれている。私は、開かれた扉の向こうを覗きたくて歩もうとした。
その時、扉から大きな音が鳴った。目の覚めるような騒音だ。蝶つがいの限界か、中途半端に開かれた扉は、痛みに悶えるようにガタンガタンと震えている。「入れ」と騒いでいる。
不穏な気配に身構えた。そして、私は冷静さを取り繕って、いつもの散歩道に急いで戻った。耳の奥には、扉の内側にあった呼び鈴がやかましく響いている。見ていないのに、開かれた扉の奥から伸びる真っ白な腕が、私の脳裏に焼きついた。
腕はドアノブを掴もうと、ただ真っ直ぐに伸びている。腕しか見えない。腕しかない。どこまでも白くて細い肉の塊しかなかった。
その淡く見える塊は、あまりにもゆっくりだ。しかも、あまりにも長すぎる。焦ったい。早く閉めろと私は焦り出した。足がどんどんと速まっていく。早く閉めろと私がうるさい。扉もバタバタとうるさい。自分で閉められない扉が、入ってこいとか言うんじゃない。ガタンガタンと脳髄を叩いてくる。うるさいなと私はドアノブを掴んだ。春のぬるい陽光は、白い腕を淡く浮かび上がらせる。扉が騒ぐ。呼び鈴が鳴る。足音がする。風が吹いた。
うるさいと扉を閉めて黙らせた。
(250330 春風とともに)
3/30/2025, 1:25:36 PM