『良いお年を』
自宅のリビングで、いつもより少し豪勢に昼食を調えたあと。
デザートに一口サイズのショートケーキと、シャンパングラスをふたつずつ並べた。
普段、菓子やアルコールを控えて節制している彼女だが、この日だけはケーキと酒を解禁してくれる。
テーブルの上に置いてある未開封のボトルを手にした彼女は、怪訝そうに眉を寄せた。
「これ、お酒じゃないよ?」
「雰囲気を楽しめればいいでしょう」
キャラクターシールの貼られたボトルの中身はシャンメリーである。
大きな大会を終えたばかりの彼女の疲労はまだ抜けていないはずだ。
貴重な休みを少しでもゆったりと過ごしてほしいから、自宅にこもっている。
そうでなければ、これでもかというくらい彼女に着飾ってもらって、レストランにでも連れて行きたかった。
おしゃれした彼女を目の前にしながら、うまい飯とうまい酒で舌鼓を打てるなんて最高に違いない。
とはいえ年の瀬だ。
どこへ行くにしても忙しないから、オフの日の彼女を閉じ込めて甘やかすことに決めたのである。
「せっかくれーじくんの誕生日なのに」
「そうですね」
そう。
ついでに俺の誕生日でもあったから、ここぞとばかりにプレゼントも手間のかかるものを求めた。
「なのでお疲れのところ申しわけないと思いつつ、枝豆と塩昆布のポテトサラダを作ってもらいました」
料理嫌いなクセして、彼女の作る飯はメチャクチャうまい。
自分の誕生日を口実にポテトサラダをねだると、手間のかかるメニューにもかかわらず、彼女はふたつ返事で作ってくれた。
「好きだね、それ」
「ニンニクも効いていて、ビールがめっちゃ進むんですよ」
早速、今晩の酒のつまみにするつもりだ。
今から浮き足立たせていると、彼女の眼光が鋭くなる。
「飲み過ぎには気をつけろよ?」
「ぐっ」
忘年会や新年会と、なにかと飲み会が増えるこの時期に身に覚えしかない痛い部分を刺された。
「……善処します」
「よし」
言質を取ったことに満足して、彼女は上機嫌になる。
だが、すぐに瑠璃色の瞳が不安気に揺れた。
「でも、プレゼントがポテサラとか正気?」
「ケーキもジュースも解禁してくれました」
「え? それも込みなの?」
「当然です」
誕生日だからと言いながら、自分の誕生日にはケーキなんて食べないのだ。
それなのに、俺だけのためにケーキを用意して一緒に食べて祝ってくれる。
愛されていると実感せずにはいられなかった。
「時期が時期なんで、こうしてゆったり祝ってもらうことも少なかったんですよ」
「そ、それなら、いいんだけど……」
まだ後ろめたさを感じている彼女の姿が愛らしく、その薄い桜色の唇に自分の唇を重ねる。
誕生日効果は凄まじく、真っ昼間にもかかわらず彼女は躊躇いながらもキスを受け止めてくれた。
かわいいな?
数日間、お預けを食らっていたせいか、歯止めが効かなくなりそうになる。
しかし、ここでがっついたら彼女の貴重なおやつタイムが潰れかねなかった。
スイーツをモグモグしている彼女を見逃すなんてできるはずがない。
ふるふると緊張と羞恥で強張っている唇から、そっと離れた。
「俺は、あなたと一緒に年を越せるだけで十分ですよ」
「それは私も同じ」
照れくさくなったのか、俺から離れた彼女がシャンメリーの栓を開ける。
ポンッと華やかな音を立てたあと、炭酸の泡がグラスに爽やかに弾けた。
「なんか、結局、私のほうが甘やかされちゃってるけど……」
「俺の誕生日くらい、おとなしく好きにかまわれて俺を癒してくださいよ」
「れーじくんがいいなら、いいんだけどね?」
椅子に腰をかけたあと、きれいな所作で彼女がグラスを傾ける。
「誕生日、おめでと」
「ありがとうございます」
互いに目元を緩めたあと、グラスに口をつける。
シャンメリーの炭酸を喉に通したあと、まろやかな雰囲気の彼女を見つめた。
「来年もよろしくお願いしますね?」
「こちらこそ」
俺なんかよりも、彼女はずっとうれしそうにケーキを突く。
彼女が口元を綻ばせるたびに、トストスと恋の矢が俺の胸に突き刺さった。
1/1/2026, 9:35:57 AM