【静寂に包まれた部屋】
昨晩もろくに眠れないまま東の空が徐々に白んで、夜が明けてしまった。
何度目かの溜め息を吐き、電気ケトルに水を汲みスイッチを入れる。
―――こんな朝を迎えるのも、もう三日目だ。
半月程前から、恋人と連絡が取れなくなっている。
携帯に掛けてみても留守電で、メッセージを残してもリターンがない。LINEも無視。一昨日の夜からはとうとう繋がらなくなってしまった。
仕事が忙しいのかも知れないという一種の諦めにも似た理解と、別れ話を切り出せず自然消滅でも狙われているのだろうかという不安が今、私の中でごちゃ混ぜになって渦巻いているのだ。
どちらかと言えば普段は彼の方がマメに連絡を取りたがるのに、こんなに音沙汰がないのは初めてだったから。
だからと言って、家族でもない自分が騒いで捜索願なんておかしな話で。
心当たりは毎日探しているのだが、正直共通の友人知人がおらず彼の現況が全くと言っていい程判らない。
心配だが彼も大人だし……そう自分に言い聞かせて、彼からの連絡を待っていた。
だが、そんな強がりもそろそろ限界にきている。
一体、どこで何をしているの?
忙しいなら忙しいでいい。もし他に好きな人でも出来て別れたいのならせめて言って欲しい。
極端な話、無事を確認したいだけなのだ。
コーヒーを淹れる前にひとまず顔を洗おうと、ユニットバスへ向かう。
「―――酷い顔」
独り言が静寂に溶ける。
鏡に映る自分の顔を見て、自嘲気味に頬を歪めた。
肌はボロボロにくすんでいたし、眼の下の隈などはもうメイクで隠せるレベルではない。
溜め息を吐いた時、ふと眼に入った二人分の歯ブラシ。
これだけじゃない。二人分のタオルや着替え、食器。彼が手ぶらで訪ねて来ても、数日は不自由無く生活出来るくらいのものは揃えていた。
どこを見回しても、この部屋には彼の気配がする。
会いたい。声が聞きたい。
彼に出会う前までずっと独りで暮らしてきたはずなのに、今はここに独りで居るのが辛い。この部屋の静寂が怖い。
自分で想像していた以上に、心の中に彼が居るのを自覚してしまって、泣きたくなって困る。
だから用が無くても外で過ごす事が多くなった。極力この部屋に居たくない。
そして今日もまた、何だかんだ理由を付けては出掛ける事になるのだろう。彼の声、匂い、面影を求めて。
9/29/2023, 12:09:50 PM