Open App

僕は、ぼんやり頬杖をつきながら、窓を眺めた。
ガラスを介してみる空はどんより重く、今にも落ちてきてしまいそうだ。しかし、雨は降っていない。
遠くでは厚着をした親と、その前を駆け抜ける比較的薄着の子供の姿があった。近くでは窓に結露している雫が見えた。部屋の空気は暖かいにも関わらず、指先は死体のように冷たい。試しに窓を開けて、息を柔らかく吐いてみた。暖かい息は白く可視化された。そのまま消えていった。そんな日だった。
元々こっちは雪の降る地方では無い。今流行りの異常気象によって、10年前から降るようになった。
僕は毎年、初雪を確認している。幼い頃に見れなかったからでも、雪が好きな訳でもない。
ただ、1人の女の子を思い出すために。
彼女の名は雪と言った。当時は17歳と言ったところか、まだ若いにもかかわらず病院で毎日を過ごしいた。雪のような女の子だった。肌はやけに白く、体も細かった。触れたら直ぐに消えてしまいそうで、儚さとも違う脆さがそこにはあった。
彼女と幼馴染という訳でもない。長年の付き合いという訳でもない。恋をしていた訳でもない。友人だった訳でもない。その日、初めて出会った。そしてそれ以来会うことは無かった。
目的は、クラスの配布物を渡すだけだった。雪はそれを貰うと静かに微笑み、僕にこう語りかけた。
「雪って、見た事ある?」
僕は静かに首を振った。
「否、ない。僕は生まれも育ちもここだからね。存在や形形状は写真で見たことがあるからわかるのだけれど、それがどのくらいの速さなのか、大きさなのか、冷たさなのか。まったく分からないんだ」
彼女はまた薄く笑った。
「そう、だよね。私も、雪って名前なのに雪を見た事がないんだ。でもね、今日は雪が降るかもしれないんだって」
彼女は4人部屋に居たが、彼女以外に人はいなかった。おかげで彼女は窓際のベットから外を眺められる。彼女はずっと窓の外を見ていた。
「せめて、死ぬ前には見てみたいな」
けれど、結局その願いは叶わなかった。その日に雪が降ることは無かったのだ。そして、数日後に雪は亡くなってしまった。
もうあれから10年が経つ。僕はまだ、雪を見る。
なんだか忘れてはいけないような気がするから。

12/15/2023, 2:42:57 PM