ふ、と風を感じた。店内は季節柄空調が落とされ無風のはずなのに、なぜか口笛を至近距離で吹かれたような冷たい風。
(見られている)
感じる。俺を射殺さんばかりの目を。それまで食事に集中していた俺を、まるで糾弾するような熱視線だ。
豪華な食事が並べられている食卓を越え、視線のもとを辿る。向かいの席には、不敵な笑みを浮かべて俺を見ている男がいた。
俺はどこか世間離れしている男に気づかれないように息を吐く。
出来の悪い俺の――弟。
弟の白目がやけに青光りする眼光は、はっきり言って食事時にお見せするものではなかった。澄んだ綺麗な目をしているはずなのに、どうにも爽やかではない。その目を見ているだけで食欲が減退する。
(小物が)
ワインをひとくち口に含みつつ、漏れかけた舌打ちも飲み込んだ。
弟はいつも俺を露骨に挑発してくる。周囲の人間に俺のデマを吹聴したり、頭の出来が悪いのに、俺を蹴落とす算段だけはよく思いつくようだ。
よくもそんなに他人を呪うための余計なエネルギーを消費できるもんだな、とほとほと呆れる。改めて弟の幼稚さに嘆息した。
もうすでに空に近い俺の皿にくらべ、弟の皿はちっとも減っていない。パスタをフォークで巻き取る動作を繰り返しているだけだ。
「食事も満足にできないって、犬以下かよ」
俺は高慢たらしく口元を吊り上げてみせた。弟の目にできるだけ不遜に映るように、弟の神経を逆撫でるように。
俺は弟のことは嫌いだが、弟が癇癪を起こしたときに上げる甲高い声だけは、グラスハープのようで気に入っているのだ。
やはりみるみるうちに底光りする目を見開かせていく弟。限界まで晒された眼球は尋常ではなく、火の粉を帯びていた。
「何言ってんだよ。非常識だけ俺に押しつけて、兄貴が全部いいとこ取りしてったくせに。返してよ、俺のマナーとかモラルとか常識一式ちゃんとリボンつけてさあ!」
パスタの油にまみれて鈍く光るフォークを、こちらに目がけて振りかざしてくる俺の弟。
突然響き渡った怒声に一定の喧騒が続いていた店内が静まり返える。乱闘の気配を早々に察知した店員によって退店を要求されることは、俺から挑発した時点である程度予測できていた。
5/1/2025, 2:32:29 PM