百加

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飛べない翼


 人類は二種類に分かれている。翼のある有翼種とそうでない普通種だ。有翼種の方が人口の比率的には四分の一くらいと少し少なめで、多少は身体上の習慣の違いはあるけれど、私たちは平和に暮らしている。
 私の幼なじみは、大きくて強い青灰色の翼を持つ有翼種の少年だった。彼はその翼を活かして数々のスポーツ大会で勝ち、将来を期待されていた。私は彼の飛ぶ姿を見るのがとても好きだった。

「飛ぶのは気持ちいい」
 彼はよく言っていた。そういう時の彼はとても嬉しそうで、翼のない私はいつも羨ましく思っていた。
 一度だけこっそり抱えて飛んでもらったことがある。危険行為になるので、家の二階くらいの高さに持ち上げてもらっただけだけど。
 ふわりと静かに体が浮いたのはとても楽しい思い出。

 しかしそんな彼は大学生の時、事故に遭い、片翼を切り落とすことになってしまった。彼に非は無かった。
 片翼になった彼は落ち込んで、苦しみ、もがいた。本当に彼は飛ぶことが好きだったのに。彼は部屋に閉じ籠もり、私はそんな彼を見ていることしかできなかった。なぜ彼だったのか。私は彼の不運が悔しくて、支えになれない自分がもどかしくて、何度も隠れて泣いた。
 一年ほど経ち、ようやく彼が落ち着き始めた頃、私はほっとすると同時に一つのことが気になり始めた。残された片翼はどうするのだろう。あの綺麗な翼は。

 通常は有翼種が片翼になった場合、もう片方も切って、普通種として生きるのが一般的だ。
片翼では飛べないし、現時点では義翼(というのか?)はほとんど見た目だけの物でしかない。彼はどうするのだろう。
 そんなある日、彼は落ち着いた声で言った。

「切ることにしたよ」
「……そうなんだね」
「飛べない翼など要らない。何の意味も無い」

 静かな声がまるで悲鳴のように聞こえて、私はうまく返事ができなかった。何を言えばいいのだろう。本音を言えば、彼の背の翼をそのまま見続けていたい。私には世界一美しい翼だ。でもそんなこと言えるはずがない。一番つらいのは彼なんだから。

 それでも意味が無いなんて、言わないで欲しかった。
 確かに飛べない。では意味が無いのか? 私の心はそうじゃないと叫んでる。でもこの気持ちを彼にうまく伝えられる気がしない。少しでも言い方を誤ったら、歩き出そうとしている彼を必ず傷つける。私は黙っているしかなかった。

 その後、翼の切除手術は簡単に終わり、今、彼は普通種としての生き方を模索しながら、前向きに生きようとしている。瞳にあの頃のような光が戻ってきた。きっともう大丈夫だろう。
 彼の飛べない翼は、最後に彼の背を未来に押し出してくれたのだ。

 彼は失くした翼の話はもうしない。私もしない。いつかできるかもしれないけれど、だいぶ先になるだろうし、それでいいと思う。

 だからこれは私の心の中だけの想い。
 私はあなたの翼を忘れない。空に吸い込まれそうだった大きな青灰色の翼。その翼で風に乗って自由に飛んでいる姿を。そして飛べない翼でさえ、私を魅了していたことを。



#85

11/12/2023, 5:52:57 AM