第1節 これはハッピーエンドである

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どうですか。落ちた経験はありますか。

受験に落ちる。
穴に落ちる。
段差から落ちる。
木の葉が落ちる。

あ、こんばんは。
私はしがない音楽家。曲の作れない音楽家でございます。

これは、私が出会った数多の喜劇たちのお話。

今日はひとつ、ある姉妹のお話をしよう。
小さな彼女がまた涙を落とさぬよう、どうか見守ってあげておくれ。



舞台は大きな病院。
その大きな病院の一室には、1人の少女が横たわっていた。
その少女の双眸はまるで窶れていて、見ているこちらも良い顔は出来ない。
しかし彼女は笑うのだ。

「___だって、じゃないと“のこり”がもったいないよ」
「残り?」
「うん。のこり。」
「だってせんせいが言ってた。わたしね、“のこり”半年でしんじゃうんだって。」

「病気が悪化したの。」と、幼い彼女は舌っ足らずな日本語で笑った。
まるでそれが当たり前かのように、そうなる事を知っていたかのように。
だから、彼女は「残りの余生」を余すことなく使いたいのだと。
泣いて終わるなんて勿体ないんだと。

「あ!そうだ!ね、おんがくさん。ドアをあけて?そろそろくるの。」
「ウン?ドア?いいけど来るって?…ああ!あのクソガキ!」
「くそがき?ひどい。わたしのかわいい妹なのに!」

時計がちょうど90°の形になる時。
午後15時に、いつもやってくる子供がいる。
アイツはもーーーう本当にクソガキの典型で___

「ちょっと!!!オマエなんで今日もいるのよ!!姉さんから離れて!」

うるせえ。おっと。
先程までの静かで穏やかな空気はどこかへと飛んでいってしまう。
ベッド上の穏やかな少女の顔とそっくりな、もう1人の少女。
__彼女たちは、一卵性双生児なのだ。


「なんでいつもいるのよ。アンタのせいで姉さんが“あっか”したらどうするのよ!」
「ふふ、そんなにすぐ“あっか”しないよ。」

病弱な「姉」と、
元気な「妹」。

対照的な彼女たちは、今日も楽しそうに病室で笑うのだ。



「ねえ!おんがくさん!わたしドナーが見つかったって!っ、げほっ、っぐ、」
「わ、無理しないで。」

胸元を押さえ込んで激しく咳き込んだ彼女を支えながら話に耳を傾ける。
一瞬顔を歪めた彼女はまたニコリと笑って「ありがとう」と一言。

「ごめんね。でも、すごい、うれしい。」
「ね、おんがくさん。わたしね、わたし、もう“のこり”がないんだって。わたし、いきられるって。」
「おんがくさんおんがくさん。そとであそぶって、どんなだろう?大きな声でうたうって、どんなだろう?サッカーってどんな風なるーるなの?さむさ、で、っげほ、もうくるしいは、なくなるのかな?っふ、かふ、も、こんなふうに、ならなくていいのっ?」

そこまで言った彼女はまた大きく咳き込んだ。
彼女の小さな背中をゆっくりと擦りながらその期待に答える。

「ぜーんぶ、君の病気が治れば知ることができるものだ。私に聞くまでも無いんじゃない?」
「……そっか。そうだね。……おんがくさん、ありがとう。びょうきがなおったら、わたしと、いつきと、それからたくさんの友達といっしょに鬼ごっこしようね!」
「ええ。勿論。沢山遊ぼう。あのクソガキも一緒にね」

手術の日程はたったの10日だそうで、今までの生活に比べればへっちゃらなんだとか。
ただ、入院中は家族に会えないからそこだけは辛いのだ。そう言って彼女は寂しそうに笑った。



結果だけお話しよう。
ドナー手術は成功に終わったそうだ。
ただ、彼女は前のようには笑わなくなった。



双子とは、なんとも残酷なものだ。
お互いが自分の半身とも言える双子は、臓器の適正までも半身と言えたようだった。

病弱な彼女が、願いを。
妹と沢山遊びたいのだ、と言えていれば、言うチャンスさえあれば、何かが違ったのだろうか。

全てを知った彼女は何を言うのだろう?
これからを知れることに歓喜するのか。
はたまた、これからに意味が無いことに気づいてしまうのか。
それを知る由は、私には無いけれども。

「……ねえ、おんがくさん。わたし、どうして生きてるんだろう。…………ねえ、なんで。」

小さく開かれた口から、言葉がおちていく。
しずかに、しとりしとりと涙も落としながら。
「なんで、」と静かに呟いた言葉は、果たして誰に向けられたんだか。
私にかもしれないし、病院にかもしれないし、はたまた。
妹にかもしれないし。
まあひとつ確かに言えることは、世界は確かに残酷で、愛情というものはその中でも1等、無慈悲たということ。



ああ、彼女は今も元気に生きているだろうか?
楽しみだったサッカーはできたのかな。
大きな声で歌えているといい。
友達と寄り道なんかして、親と喧嘩して。
それで、また大きな声で笑えていれば、いいけれど。
彼女が繋いでくれた“のこり”を、謳歌してほしい。

曰く、成し遂げんとした志を1度の敗北によって捨ててはいけない。……なんて誰が言ったか。

そんな彼女達には、エリーゼのために。

敬具 あなたたちのおんがくより。












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すみません、迷走してしまった。




11/23/2023, 3:30:35 PM