いろ

Open App

【鏡の中の自分】

 鏡の中の自分を覗き込み、にっこりと笑顔を作る。余裕のある不敵な笑み、他者を威圧し屈服させる笑み、朗らかで人好きのする笑み……笑顔は武器だ。ほんの少し唇の端の角度、眉の下げ方を変えるだけで容易に見る者の印象を操作できる。今日も問題なく表情を制御できていることを鏡で確認するのが、僕の毎朝の習慣だった。
 うん、大丈夫。今日も完璧だ。鏡の中の僕は澄ました笑顔を浮かべて行儀良く息をしている。コートを羽織り部屋を出ようとしたところで、ノックもなしにドアが開け放たれた。
「おはよ、早く行こ!」
「いきなり開けないでって何度言わせるの。せめて一声かけてよ」
 無邪気な笑みを浮かべて元気よく手を振る君に、思わず溜息がこぼれた。せっかく取り繕った笑顔が一瞬で消えて、本音が晒されてしまう。
「あはは、ごめんごめん」
 たいして悪びれた様子もなく、君は軽やかに僕の肩を叩く。ああ、もう。相変わらず君は簡単に僕を振り回すんだから困ったものだ。
 やれやれと眉を顰めながら、君と並んで部屋を出る。視界の片隅にちらりと映った鏡の中の僕の口元は、なぜだか安心したように優しく綻んでいた。

11/4/2023, 12:52:14 AM