「ピアノ弾けるようになりたい」
彼女がそう言い出したのはいつのことだっただろうか。多分、いつかの演奏会後だったと思う。
そう言われたとき、僕は嬉しくてすぐに頷いたのだ。
そこからまいにち、少しずつ少しずつ練習して、彼女はどんどんピアノが上手くなっていった。それはピアノを弾く仲間ができたという事実においては、とても嬉しくて、彼女と音楽を奏であえるようになったということに喜びを感じて幸せだった。
ある日、迷い子がやってきた。その時はちょうど権力者がピアノを弾いている最中だった。
迷い子は権力者の奏でるピアノの音色をいたく気に入ったらしく、迷い子は、それを決め手にこの世界の住人になることを決めた。
彼女は迷い子を洗脳しなかった。なぜだかは分からない。ただそう決めた日だけは、彼女の姿がボロボロだったような気がした。
権力者は僕のためではなく、迷い子のために、ピアノを弾くようになった。僕の演奏を聴くことではなく、自分の演奏を聴かせることに喜びを感じるようになった。
嬉しかった。彼女が自分でピアノを弾くことを楽しいと思っていてくれて。そしてそんな風に思わせられるようになった自分に少しだけ誇らしさも覚えた。
でも、同時に少しだけ苦しかった。僕と一緒にピアノを弾くことに喜びを感じていた彼女は、僕と一緒にではなく、迷い子のためだけにピアノを弾くようになってしまったことが。
それは醜い嫉妬心にとりつかれたようで、そんな自分が少しだけ嫌になると同時に、権力者に独占欲を抱いていたことに、今更気づいてしまった。
8/16/2024, 3:50:24 PM