《帽子かぶって》
「あれ蒼戒ー、帽子かぶってこんな朝早くからどこ行くのー?」
高一の夏休みのとある日の朝7時半過ぎ。俺、齋藤春輝が朝ごはんのトーストを食べていたところ、双子の弟、蒼戒が出かけようとしていたので声をかける。
「道場。須堂先輩から自主練に誘われるんだ。というかもうそんなに早くないぞ?」
須堂先輩とは蒼戒や紅野、夏実が所属するうちの高校の剣道部の男子込みで歴代最強と謳われる現女主将だ。男勝りでさっぱりした性格だがとても強く、俺は時折女であることを忘れそうになる。
「いや早いって。まだ7時半だぞ? つーか珍しく学校じゃなくて道場でやるんだな」
道場、ということは並木の近くのありとあらゆる格闘技を極めた師範がいるとこでやるんだな。
「学校の格技室は今日空手部が使うんだと」
「ふーん。ところでなんで帽子? つーかそれ俺のじゃねーか!」
なんか見覚えがあると思ったら!
「ああこれか。そこにあったから借りた。この前昼過ぎからの練習に帽子を被らず行ったら『この暑いのに外出歩く時帽子がなかったら死ぬぞ⁈』と言われてな」
「まあ連日猛暑日越えを叩き出しとるし熱中症になって死ぬわな」
「というわけでこれ借りてくぞ」
「いやいやいやちょーっと待て!」
蒼戒が被ってるのはオレンジ色の帽子。蒼戒は元々帽子が似合わねーが、オレンジはゼッテーアウトだ。さすがに似合わなすぎる。
「お前これじゃなくてこっち使え。多分こっちの方が似合う」
俺はダッシュで自分の部屋に行って、別の帽子を持って来て蒼戒に渡す。
「……そうか?」
「そうそう。オメーがファッションに興味ねーのは知ってっけどさすがにオレンジはない」
俺が今持って来たのは真っ黒でワンポイントだけ白の刺繍が入った帽子。多分こっちの方が似合う。
「いや直射日光が防げればなんでもいいんだが……」
「だったらこっち使えよ。つーかこれお前にやる」
「わかったわかった。とりあえず行ってくる」
蒼戒はそう言って帽子を被り、防具や竹刀などの荷物を持つ。
うん、やっぱ俺の予想通り黒の方が似合ってる。
「いってらー。ちなみに俺も今日部活ー」
「了解。俺は夕方には戻ると思うがお前は?」
「今日は一日部活だから俺も夕方かな」
「わかった。帰ってきたら買い出しに行くか。夕飯の材料が何もない」
「りょうかーい。んじゃ、いってらっしゃい」
「行ってくる」
短いやり取りをして蒼戒が出かける。俺は玄関まで行って、蒼戒を見送る。
蒼戒を見送ったあとは、食べかけだったトーストを食べ切って、俺も部活へ行く。
そうだ、俺はさっき蒼戒がかぶって行きかけたオレンジの帽子をかぶって出かけよう。そうしよう。
(おわり)
2025.1.28《帽子かぶって》
1/28/2025, 3:32:51 PM