『ススキ』
不思議な音がする。
そう言うと、彼の小さな笑い声が聞こえた。
そうだね、と柔らかな返事がひとつ。
さわさわ、さらさら、と鳴り交わす音に、しばらく耳を傾けた。
一定のリズムを持たないそれは、時にざあっ、と強くなったかと思えばするする、と弱くなる。風の若干によって強弱が付き、絶え間なく変化するその音は飽きることがない。いつまでも聞き入ってしまいそうだ。
ふと、気になったことを口にした。
「これは、風の音?」
そう問いかけると、
「まぁ、風の音と言えば風の音だね」
と返ってきた。
明瞭な答えを望んでいた私にとって、その返事は煮え切らないものだった。そこで、さらに問いをぶつけることにした。
「でも、部屋で聞いていた風の音とは性質が違っているわ」
すると彼は、うーん、と低めに唸った。頭の中で言葉を組み立てているらしい。私は彼の説明を待った。
「実は、今聞こえている音は、厳密に言えばススキが揺れている音なんだ」
ススキ?
初めて耳にする言葉を反芻すると、彼は、そう、と相槌を返した。
「背の高い、穂の付いた植物だよ。ちょうどこの時期に、よく草むらに生えているんだ」
彼曰く、群生しているために風に揺られて音を立てるらしい。なるほど、それなら説明がつく。部屋で聞いた音は窓に当たる風の音であり、この音は風によってススキが出す音だったというわけだ。
でも風の音と言っても間違いでは無いよ、と彼は付け足した。
さわさわ、ざあっ、ざわざわ…
間違いでは無いというのは、一般的な風の表現は草木のざわめきで表されることも多いからだと言う。
さらさら、するする、さわさわ…
彼の柔らかな声と、風とススキの二重奏が耳に心地良い。
そのまま、寝入ってしまいそうだ。
ススキはきっと、赤ちゃんのおくるみやクマのぬいぐるみのような色をしているのだと思う。
二重奏は、彼の声のように優しい音色なのだから。
その日。
私の世界に音が増え、
見えない世界に、色がついた。
11/11/2021, 11:02:49 AM