(※フィクションです)
蛇口の締まりが悪かったらしい。今まさに外に出ようとドアノブに手をかけた時、キッチンの方からぽたり、と雫が落ちる音が聞こえた。
しかし私は急いでいた。7:14発の電車に乗らなければ会社に間に合わない。迷う間もなく、私はそのまま外に飛び出した。
ぽたり。
電車に乗り、吊り革につかまりほっと息をついたその時、急にあの水漏れが気になりだした。たかが数秒に一粒の雫が漏れるくらい、水道代には影響はないだろうし、あの程度では床が濡れることもない。
しかし、毎週洗濯を欠かさないラグマット、塵ひとつ立てまいと毎日掃除しているフローリング、今朝起きた時にシワひとつ残さず整えたベッドシーツ。全てを整えているあの部屋に、まるでシミのように、水漏れの音が一日中続くのだ。
ぽたり。
思えば昨日から異変は感じていた。皿を洗った後、蛇口を締めたときに感じた、取手の内側に何かが挟まっているかのような手応え。
誰かが仕向けたのかもしれない。蛇口に異物を挟んで水漏れするように。誰かが私の部屋に忍び込んだのではないか。あのまま水漏れを放っておくことが、部屋の外にいる誰かへの合図になるとしたら。何の合図? 私の秘密を暴くために。
ぽたり。
遠く離れた部屋で続いているであろう水漏れの音が、私の頭の中で不穏に響く。
電車の窓に映る自分の顔が蒼白になっていることに気付く。
次の駅で降りなければ。
完璧にこなしてきたつもりだった。疑われる要素は徹底的に排除した。ばれることはないと確信して今まで平穏を装って過ごしてきた。それを打ち崩すほどに、雫の音は私の頭をうがつ。
ばれるわけにはいかない。
部屋のクローゼットに、私が愛した男の死体が入っていることを。
【お題;雫】
4/21/2026, 2:28:22 PM