食事時は、家族が心通わせるひとときだという。だが僕たち家族に限ってはそうじゃなかった。
「母さん。僕、東京へ行きます」
母の「ああ、そう」という極めて淡白な返事を、どうやら僕は一生忘れられそうにない。
自分を含めた母と弟の三人で、広い食卓を囲んでいる最中のことだった。
別に勇気を振り絞ったというわけでもない。でもこれを言う前に軽い深呼吸は一回した。
少食の母は早々に食卓を立ち、それから取ってつけたように言った。
「あなたはこの家を背負って立つ者です。がんばりなさい」
母から僕への餞の言葉に、弟が白飯を喉に詰まらせる気配がした。
昔から弟は周囲の空気の変化に敏感だった。というより、僕に比べて母がかけてくるプレッシャーに弱い。
見るといつの間にか食欲をなくしたのか、弟が皿の上におかずを残したまま箸を置いていた。
これから弟を苛むであろう苦難に、僕は笑顔で蓋をした。
2/4/2025, 3:40:37 PM