少し厚手のアウターを差し出したあなた。その眉間には滅多に入らないシワが。ぎゅっ、と口の端を結んで。
それでも、「着て」と言ってわたくしが腕を通して落ち着くまで確認してゆくのだから。
背中合わせに並んだ木製のベンチ。
ギシッ、と木板が歪む音。
ビュゥウウ――ッ、と吹く風は確かに冷たい。
冷えてしまった身体を縮めてもそれほどあたたかくはなく。けれども、あれほど茹だっていた頭はその風に窘められて。
まばたきをしてもあっという間に目は乾いてしまう。だから何度もしばたいているうちに、気づいてしまえる。
はぁ、と吐く息はまだ白くはない。
「ごめんなさい。ひどく感情的になりすぎました。あなたをこんな、一等寒い空に引きずり出したかったわけでは……いいえ、引きずり出したことを反省しています」
「うん。ぼくも、ごめんなさい」
またギシッ、と音。
「あんなに、淡々ときみをなじるつもりじゃ……んーん、つもりだったけど、したらだめだった」
うしろから鼻をすする音がするんです。本当に、わたくしはなんて乱暴なことを。
ベランダから戻ってきたあなたは首を竦めて震えながら掃き出し窓を閉めて、「さむいね。もう冬だよ」と暖房を。それにわたくしがギョッとして、点ける点けないの口論に。
……本当に幼稚なわたくし。
飛び出して追いかけさせるなんて。
足許の色づいた落葉を、強く芯のある風がくるくると遊ばせる。昇ってきたそれがわたくしのひたいを叩いた。
――――くしゅんッ‼
ギシギシッ、と軋んでから背中を預けた音。
あなたの背後から横に移動して。
もこもこのアウターの襟に鼻下を埋めている。いつもならマフラーもきちんと巻いてくるのに。
しょも、と目を伏せて。
「帰ろ」
「えぇ」
ぶるっと震えたあなたに肩を寄せる。
いつの間にか眉間のシワは伸ばされていて、口許も口角が上に。
結論が出たのか「んふ」と漏らした。
ビルとビルの間を一等強い風が吹き抜けていった。煽られたわたくしたちは目を瞑って反射的に顔を上げる。
おさまった風。
薄く開いた目に、鮮やかに紅葉した街路樹が。その枝から葉っぱを千切り飛ばした。その時刻に設定されていたLEDライトが一気に点灯。
沈みかけの夕日とともに目を、こころを、刺激してくる。
「はあ」
「わぁ、きれい」
「えぇ本当に――――ふふっ」
「え、なに?」
「風に髪が遊ばれて、いい感じですよ」
「エッ! なおしてよ」
「わたくしが?」
「鏡がないから、きみ以外に客観的にきれいにできる人がいないの」
「そのままでもいいですよ?」
「え~~信じるからね? ぼく、さわんないよ?」
「玄関の姿見で確認したら、きっとあなたも、気に入りますから」
じとー、と疑わしそうな目。
それに口角を上げて返す。
「わたくし一枚脱ぎますから、暖房を点けましょう。確かに寒いです」
「一枚脱いだら、きみ裸。ぼくが背中にカイロ貼るし、きみがあったかいスープつくってくれるからへいき」
へら、と笑うあなた。
「帰りにトマト缶買って帰ろ」といまの気分を言うから、わたくしも思わずほしいものが浮かんで。
「コンビニに寄ってもいいですか?」
「ぼく、ウィンナーがいい」
髪型も献立も決められてしまって。
この木枯らしは何号目なんでしょう、とふと思うのです。
#木枯らし
1/18/2023, 5:20:19 AM