曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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「ぬるっ…」
思わず、口にした。取り出し口に突っ込んだ手を引っ込めたぐらいに冷えていたコーラが、その温度を保っていると勘違いしていた。
そりゃこの炎天下の公園で、思いっ切り日向のベンチで。手だって汗ばんでる。それでも冷えていて欲しかったと思うのは我儘だろうか。
「ごめん」
そのとき、久し振りに君の声を聞いた気がした。聞きたかったのはその三音じゃなかったけれど、まぁ、良いのかな。
「もう待ってなくていいよ」
君の言葉は地面に吸い込まれていく。別にそれだって聞きたかった音じゃなかったし、どうせなら「待ってくれてありがとう」の方がマシだった。君はいつもこうだ。だから僕は君が世界一大嫌いで大好き。
「暑いから、帰って」「嫌だ」「なんで」
君こそこんなクソ暑い中で長袖で、汗が滴り落ちている。そんな奴に心配される筋合いは無い。しばし押し問答を繰り返したあと、「…わかったよ」と君は諦めたように立ち上がって、僕に背を向けた。帰るのか。そうかそうか、冷房の効いた部屋でゆっくり休め。
「…あつい……」
僕はと言うと、その場から立てずにいた。なんだか頭がぼーっとしてくる。空は青く澄んでいる。白んだ眩しい視界。そっと目を閉じて、全てを無に帰す。

「つめたっ…」
「コーラ」「え、え…?」
頬にぴしゃりと冷たいものが当てられて、僕は現実世界に引き戻される。君の顔が逆さまに見えている。両手にはコーラ。その片方を僕に手渡してきて、つい受け取る。帰ってなかったのか。
「ぬるいのは俺のね」
「あ、ありがとう…?」
プルタブを押し上げる。口をつけると、すぐに冷たいしゅわしゅわが喉を潤してゆく。美味しい。
「なにこれ、こんなに待ってたの?」
僕の隣で、ぬるい炭酸と無口な君がにらめっこしている。また前みたいに本音で話せるまで、生涯捧げて待っていようか。



二十四作目「ぬるい炭酸と無口な君」
このあと、「ていうかこれ間接キスじゃん」って話で盛り上がります。なんか、仲いいけど本音で話せない関係性ってありますよね。
曖昧は炭酸が飲めないので、飲める人にちょっと憧れています。

8/4/2025, 5:57:49 AM