彗星

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題:いつもの

「コーヒーお願いします」
「分かりました。しばらくお待ちください」
 お気に入りの店でいつものコーヒーを頼む。ここのコーヒーは体に染みる。
 いつもの窓際の席で外を眺めながらコーヒーが来るのを待つ。
「お待たせしました。ご注文のコーヒーでございます」
「ありがとうございます」
 はらはらと落ちていくもみじを目で追っていると、コーヒーが来た。
 いつもならすぐに飲むけれど、今日の目的はコーヒーを飲むことじゃない。
 隣に座っている“気になっている”同級生を観察するためだ。
 肩までの金髪を後ろで束ねて、冷静な光を宿した碧の瞳、一見冷たそうな顔をしているけれど根は優しい……。
 そして、その気になっている同級生ーーリンクさんが楽しそうに話している相手が……。
 学園一の美少女と名高いーーミファーさん。
 腰までの赤いふんわりした髪を銀の髪飾りでとめて、温かみのある金の瞳、穏やかで心優しい性格……。
 凡中の凡の私よりも、ミファーさんの方がお似合いだとは自分でも思うんだけど……。
 リンクさんと出会ってから、学園に行って勉強をして部活をして帰るという平凡な日常が変わった。
 全てが眩しく映り、世界は広いと実感し、いつもの日常がくだらなく思え。
 恋を覚えた。
 私はリンクさんが好き。だけどリンクさんのことが好きな女子は数え切れないほどいる。私はその中の一人でしかなく、リンクさんの世界にすら入っていないんだろう。
(無理だって分かってる恋なのに)
 なんて諦めが悪いんだろう。無理なら諦めればいいのに。つい自嘲的になる。
 ただの平凡なフルート担当の吹奏楽部と、学園一の美少女と賞賛される美術部と、学園一の美少年と賞賛されるサッカー部……。
 私は二人の恋路をただ見ているだけの傍観者。二人が薔薇なら、私は疎ましがられる雑草。底辺でしかない。
 いつもの日常が狂ってしまった。狂うのは、案外容易くて。いつもが続く方が難しくて。いつもが狂うことなんて、無いと勝手に決めつけて。
 あっけない。
 冷めないうちに飲もうと思っていた手の中のコーヒーは冷めていて。反対に私の恋は冷めなかった。

お題『コーヒーが冷めないうちに』

9/26/2025, 10:35:20 AM