夜雨と春歌

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【明日、もし晴れたら】



「もう永遠に、春歌とは会わない」
 喜びも怒りも、哀しみも楽しさも、何の感情も読み取れない表情でそう切り出した夜雨に、困った人だなぁと内心、春歌はため息をついた。

 びゅおう、風ががなり立てる音が、窓を挟んだ室内にまで聞こえ始めている。
 情報収集に点けていたテレビのニュースでは、男性アナウンサーが真面目な顔で繰り返している。曰く、大型で非常に強い台風……号は、依然として勢力を保ちながら北上中です。明日未明、……上陸の可能性が高く……引き続き最新の台風情報にご注意ください。

 決まってこんな日に夜雨は、こんなことを言いだすことがある。
 明日、もし晴れたら。
 可能性の限りなく低い賭けは、もう何度目になるだろう。面倒くさい人だ。

 天気予報は当然のように雨マークで、でも、確率はゼロではない。
 台風の勢力が弱まれば。進路が逸れれば。もしも、もしも、もしも。
 もし明日晴れてしまったなら、本当に二度と春歌に会おうとしないだろう夜雨を、春歌はよく知っている。
 けれど、毎回必死になって晴れるなと祈る春歌を、きっと夜雨は知らないだろう。言われるたびに小さく傷ついている心の奥のことも。
 ひどい人だ。いつか思い知らせてやりたい。

 風がまた一段と強くなった。
 離れたいのか、離れたくないのか。
 傷つけたいのか、傷つきたいのか。
 明日、目覚めて降りしきる雨を確認するその瞬間まで、夜雨の心も、台風のようにすべてかき混ぜて吹き荒れるのだろうか。
 吹き荒れて、いればいい。

 困った人、面倒くさい人、ひどい人。
 そして──春歌は微笑う。
 可愛い人だ。

8/1/2023, 7:00:03 PM