燈火

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【そして、】


居眠りから覚めると、最寄り駅をとうに過ぎていた。
聞き覚えのない次の駅名を知らせるアナウンス。
現在地の確認のため路線図を見上げて、そう気づく。
終点に至る前に起きられただけ良しとするべきか。

私は次の駅で電車を降りた。知らない場所だ。
終電が終わっていなければ乗り直せたのだが。
さて、どうやって帰ろうかと思案する。
さすがに四駅分は徒歩で帰れる距離ではない。

地上に出たらバスターミナルがあった。
しかし当然、バスの終車も終わっている。
タクシー乗り場はあるが、待機中の車はいない。
少し列ができていて、並んでも何時に乗れるのか。

とりあえずヒールで足が痛いのでベンチに座った。
鞄を置いて背筋を伸ばすと、バイブ音が聞こえた。
鞄からスマホを取り出して見ると、着信が一件。
あなたからだった。折り返すとワンコールで繋がる。

「遅くなるって言っても限度があるでしょ!?」
「はい、ごめんなさい」反射的に謝罪を述べた。
いつもなら既にあなたは眠っている時間。
よほど心配させてしまったのだと反省する。

私のいる駅名を聞いて、あなたは深く息を吐いた。
「事件に巻き込まれたとかじゃなくてよかったよ」
迎えに行くよ、とあなたは提案してくれる。
他に良い手段もなく、私は甘えることにした。

「すぐ行くから。次からは悩む前に連絡してよ」
「……善処します」私の返事を最後に電話は切れた。
顔を合わせたら「善処ではダメだ」と怒られそうだ。
そんなことを考えながら、私は少しだけ目を閉じた。


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 ───── お題とは関係ない話 ─────
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【夢日記】10/31


舞台は多くの学生で溢れかえる、異世界の学院。
そこにほど近い、羊のヤドリギ亭に私はいた。
本業は宿屋だが、弁当の配達も行なっている。
今は、ちょうど配達を終えたところだった。

「お疲れ様です」門をくぐる直前に声をかけられた。
「そちらこそ、お疲れ様です」笑顔も声も固くなる。
一教師のフリをしているが、この人は学院の経営者。
魔力と精度の高さから『魔王』と呼ばれる人間だ。

多忙なはずなのに、時おりこうして姿を現す。
「今からお帰りですか? よければご一緒しても?」
心底嫌だ。だが、断って変に勘ぐられても困る。
伴って店に戻ると、外に人だかりができていた。

理由は見ただけで察せた。旗が無くなっている。
出入口の扉の両脇に置いていた、赤と青の二本の旗。
この街は、街全体がその二色の陣営に分かれている。
中立の場合は二色とも置いて、無関与の意志を示す。

窃盗事件との通報を受けて騎士団が駆けつける。
私は人だかりの中に私の息子、杏里の姿を見つけた。
ふと脳裏に、見た覚えのない記憶が再生される。
この騒動の結末を、私は知っている、ような。

「真相を知っているお兄さん!」咄嗟に叫んだ。
「明かしてはいけません!」明確に、一人に向けて。
真相を証言するはずのお兄さんとは、杏里のことだ。
実は『魔王』の血を引き、特別な眼を持っている。

「『お兄さん』とは。心当たりがあるのですか?」
『魔王』の不敵な笑みに、本能が警鐘を鳴らす。
この人に杏里の存在を知られるわけにはいかない。
真実を見通す天武の才を、利用させてはいけない。

10/31/2025, 7:13:20 AM