【始まりはいつも】
始まりはいつも橘の花の香りと共に訪れる。清涼感のある、けれどどこか儚く清らかな誇り高い香りが風に乗って届くたびに、遠い昔に微笑んだあなたの声が私の耳元でよみがえるのだ。
『何度生まれ変わろうとも、心よりあなたを慕っているよ。必ずあなたを迎えに行くと誓おう』
橘の香りを纏った、美しい人だった。刀を持ち戦場に立つことなど決して似合わぬ人だった。それでも帝の治める都の安寧のため武器を手に取り旅立つと強い覚悟で決めたあなたに、行かないでほしいとはどうしても言えなかった。
(嘘つき。もう何度目になると思っているの)
この世に生まれ落ち、橘の香りを感じるたびに、忘れることができていたはずのあなたのことを思い出す。平安の世からいったい何度こんなことを繰り返したか、いいかげん数えるのにも飽きてしまった。いつのまにか街にはガラス張りの背の高いビルが立ち並び、電気自動車が往来するようにまでなったのに、あなたは私の前に姿を現さない。
(寂しいよ、馬鹿)
叶うことのない約束を胸に抱く切ない日々の始まりは、いつだって橘の香りと共に訪れるのだ。
10/20/2023, 10:17:18 PM