sairo

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※ホラー

気づけば電車に乗っていた。
周囲の乗客は皆俯き、動かない。

車内は薄暗く、静かだ。外は夜の暗闇が広がり、遥か遠くに微かな灯りが点在しているのみで、何処を走っているのかは分からない。

この電車は何処へ向かうのだろうか。
随分と凪いだ意識の中、考える。
最近は公私共に忙しく、たとえ移動途中であろうとこうしてゆっくりとした時間を取ることが出来なかった。規則正しい電車の揺れが心地よく、眠気を誘う。
少し眠ってしまってもいいのかもしれない。
終点は分からない。だが着いてからどうするかを考えてもいいのではないかとそう思い、ゆっくりと目を閉じて。

電車の速度が緩やかになっていくのを感じた。
アナウンスは聞こえない。周囲の乗客はまだ、誰一人として動く様子もなく。
ただ漠然と、次が終点なのだという意識に、閉じていた瞼を開けた。

外は暗闇が広がり、しかし夜の群青とは異なる暗い緑に山奥を走っている事を察する。
さらに速度は緩やかになり、進む先に駅の姿を捉えた。近づくにつれはっきりと見えてくる駅は小さく寂れているようで、やはり見覚えはない。どうやら無人駅のようだが、果たして近くに泊まる所はあるのだろうかと、視線を窓の外から車内へと戻し。


自分を取り囲む乗客達に、声にならない悲鳴が漏れた。
変わらず乗客達は俯いたまま、表情を窺う事は出来ず。微動だにせずこれ以上近づく事もないため、どうにか脇を通り抜けられないかと苦慮し。


ぱちん、と何かが弾けるような音を立て、意識が鮮明になる。

「なっ、あ、なん、で」

何故。どうして。
いつ電車に乗ったのか。
ここは何処なのか。
何故疑問を持たなかったのか。
自分は何処へ向かおうとしているのか。

目の前の乗客は誰だ。

次から次へと疑問が溢れ出し。声にならない呻きが漏れ。


電車が駅に止まり、小さく音を立てて扉が開いた。


「っやめろ!離せ!」

扉が開いた瞬間、微動だにしなかった乗客が一斉に手を伸ばし。腕を体を掴んで、扉へと向かう。
抵抗するも、それは数の前では意味をなさず。ずるずると引き摺られ、駅へと連れられ。

その最中、座席に座ったままでこちらを見つめる、制服姿の少女と目が合った。

「助けてくれ!お願いだ。頼むからっ!」

必死で助けを求めるも、少女が動く事はなく。表情はなく黙したまま、駅へと連れ出されるまでを見られていた。


ホームに降り改札を抜け、引き摺られながら駅を出て。
広がる光景に、一層抵抗を強くした。

「離せっ!嫌だ、嫌だぁぁぁ!」

墓地。墓標が並ぶその先。一つだけ空いた墓石。
なりふり構わず暴れようと、それでも手が離れる事はなく。少しずつ距離が近づいていく。

やめろ、離せと叫んでも、誰も聞かず。
何故、どうしてと嘆いても、誰も答えず。

距離が近づく。どんなに拒んでも止められない。
そして墓石の前まで引き摺られ。

無理やり体を詰められていく。
逃れようと暴れても意味をなさず、足から順に詰められ。
最後に残った頭を見て、詰めていた一人の女が笑った。

その女の顔に、見覚えがあった。
先週死んだ女。電車に飛び込んだとニュースで知った。
結婚すると言いながら金を貢がせ、捨てた女。

視線だけを動かし、周囲を見る。
あぁ、と声にならない吐息が漏れた。

ここにいるのは皆、自分が騙してきた奴らじゃあないか。





引き摺られていく男を見送り、隣で眠る少女の肩を揺する。

「んっ、なに…?」
「こんな所で寝たらまた悪い夢を見るよ。ほら、ちゃんと起きて」
「わかっ、た」

寝ぼけ眼で頷く少女の姿が、霞んで消えていく。それを見届けて、立ち上がる。
相変わらず、彼女は変なものに巻き込まれ易い。無事に戻れたようであるし、己も戻るべきかと逡巡し、結局は駅に降りる。

改札を抜け、駅を出る。
ちょうど骨壷に収められた先ほどの男が墓に入れられる所を見遣り、僅かに表情を険しくする。
立ち並ぶ墓石に腰掛ける己と同じ姿をした誰かが、こちらを見て笑いかけた。

「気にしないでイイよ。ちょっとだけ姿を借りているだけだから。それよりもアレを食べに来たんでしょう?」

あれ、と奥の墓石を指差され、不快さに眉根が寄る。
人の魂を喰らうなど、あってはならない事だ。
思わず言い返そうと口を開きかけ。

「喰らわぬよ。そこまで堕とす訳にはいかぬ」

背後から口を塞がれ、声を出す事を封じられた。

「邪魔しないでよ」
「それは常世の主に対する叛逆となるが良いのか、獏よ」

静かに諭す声に、目の前の誰かの顔が僅かに歪む。

「ちょうど主の子も来たようであるが、如何する?」
「?何の、話」

気づけば隣には幼い少女の姿。無感情な眼がこちらを見上げ、誰かを見つめ近づいていく。

「別に。何もナイよ」

視線を逸らし、その姿が掻き消える。
立ち止まり、少女は首を傾げる。しばらくして何かに納得したのか小さく頷くと、奥の墓石の方へと歩き出した。

「行くぞ、娘」

それと同時に塞がれた口はそのままに、駅へと引き摺られる。
ホームまで戻り、ようやく解放されて大きく息を吐いた。

「何、急に…というか、知り合い?」
「知らぬ」

随分と機嫌が悪い。
知っているのか、それとも視ていたのかは分からないが、聞いても答えてはくれないのだろう。
仕方がないと目を閉じ、意識を浮上させる。

「神様」
「何だ」
「さっきはありがとう」

目が覚める直前、小さく礼を言う。詳しくは分からないものの、庇われた事には変わらないはずだ。

「ありがとう」

もう一度呟いて、目が覚める。

こちらを覗き込む少女に、心配させぬよう笑いかけ。

ふと巻き込まれているのはこの子ではなく。
己の方ではないのかと、嫌な胸騒ぎを覚えた。



20240811 『終点』

8/11/2024, 8:49:47 PM