第三十一話 その妃、頬に触れて
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……右手があたたかい。やさしい熱に包まれている。そういえば、少しだけその手が痛い。
ゆっくりと目を開けると、星空の見える見慣れた天井に、風が吹き抜ける大きな穴の空いた壁。
そして、寝床に伏せるようにして眠る間抜け顔。
ようやく、長い夢の旅から帰って来たのだ。
その顔を暫くの間眺めていると、ゆっくりと目蓋が持ち上がる。寝起きの掠れた声が、ジュファと名前を呼んだ。
寝惚けた様子をじっくり堪能してから、小さく呟いてみる。
「どうせなら、何処か遠くへ行くことにしなさいよ。いい子で待ってたご褒美」
理解が追いつかない様子で、寝起きの男は怪訝に顔を顰めた。
「列車に乗って、船に乗って、飛行機に乗って。望むなら、宇宙船にだって乗せてあげるわよ」
「……どういう、意味ですか」
「正直何でもいいの。この国から……柵から抜け出せたら何だって」
「……すみません。まだ、頭が寝惚けてるみたいで」
繋がる手を引き寄せながら、もう片方の手で彼の頬に触れる。驚いたような顔で、ぴくりと体が震えた。
それが可笑しくて笑っていると、その頬に触れた手も、躊躇いがちに包み込まれる。
「……これこそ、本当の夢ですよ」
「なら、夢かもね」
「っ、ジュファ様」
「でも、さっき言ったことは嘘じゃない」
だから、こう伝えておく。
あなたが“それを忘れなければ”、きっと叶うわと。
それに何かを感じるかもしれないし、そうでないかもしれない。だからと言って、彼に失望するわけじゃない。
「……言いましたね。なら、僕が行きたいところに連れて行ってもらいますよ」
「望むところだけど、私が行くとは言ってないわよ」
「え。まさか一人で行かせる気だったんですか」
「私が行きたいわけじゃないもの」
「僕のご褒美には、貴女様が必要不可欠になるのですが」
「旅費はあんた持ちね」
「貴女が傍に居てくれるならいくらでも」
「大きく出たわねえ」
彼には彼の人生がある。
そもそもこれは、その先を見据えた上での決定事項。彼の人生の中に不要なものとして、最初に排除の対象となったのは――
「……なら、楽しみにしていようかしら」
……“私”なのだから。
#列車に乗って/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/1/2024, 8:53:35 AM