アオイと分かれて、もういちど元来た道を戻ることにした。図書館に入り、地下に潜る。小さい子がぬいぐるみのように座っている横に並んで、おれも絵本を開いた。
『なかよし』『ともだち』あたりで検索すると、山のように本がヒットした。とりあえず一つずつ、ひらがなの多いそれを読んでいく。文字が大きく少ないほど話はシンプルで、小さく多く、ついでに分厚くなると話が複雑になった。与えられる情報量の差もあるだろう。シンプルなものは、仲の良い登場人物──必ずしも"人物"ではなかったけれど──がいかに仲がいいか、同じところと違うところがあって、それを尊重しているかという描写がある。複雑になると、その二人が仲違いをすることが多い。一度離れて、お互いの言動や行動を反省したり、信頼できる第三者──両親や祖父母なんかの助言をもらい、謝罪をして仲直りをして、ハッピーエンドだ。
ふむ。
十五冊目の児童書を読み終えたところで、お腹が鳴った。そもそもなんで一度図書館を出たかって、お腹が空いたからだ。本を棚に戻し、近くの時計を見るとすでに昼をまわっていた。家に帰ろう。大人たちは起きたんだろうか。
寝ていた。
こたつ布団から、白い髪がのぞいている。卓の上には空の汁椀が置いてあった。一度起きて、それからもう一回寝たらしい。ルビンさんは見当たらないが玄関先にブーツがあったから、多分同じくどこかで寝てるんだろう。部屋の中は静まり返っていた。
「……おかえり」
「あ、起きてたの」
「おきた。おまえつめたい」
触ってないのに。こたつから這い出てきたユキにそう言うと、くうきがつめたい、と文句を言われる。空はまた曇ってきて、風が冷たいばかりだった。
ぼんやりした目がこちらをみる。真っ赤な目。ウサギみたいな目。あれは色素がどうのこうので、血の赤がうんたらかんたらで。赤。
「ユキ、おれ、ともだちできたかも」
……と言ったら、どんな顔をするんだろう。なんせ、ユキだ。おれがぬいぐるみと喋っていた頃だって知っているようなやつだ。そもそも、わざわざ報告するようなことなんだろうか。
黙っているおれを見て、ユキが不思議そうな顔をした。
「どした?」
「……昼、何食べようかなと思って」
「なに、いま何時? お前まだ食べてないの」
「食べてない。調べ物してた」
嘘はついてない。はずだ。
冷蔵庫を開ける。キャベツと、焼きそば。そういや昨日スーパーで、ルビンにお祭りで食べたやきそばの話をされて買ったんだっけ。肉は昨日食べてしまったけど、
冷凍庫にシーフードミックスがあった気がする。
「焼きそばでいい? 食べる?」
「食う。ルビン起こしてくる」
「ルビンさんどこいるの?」
「俺の部屋」
「なんで」
「ベッド」
ルビンさんは寝汚い。そのくせ床じゃ寝れないとごねる。ソファを貸し出すけど、ソファじゃ熟睡できないと言って気づいたら人のベッドで勝手に寝ている。昨日は移動できないくらい呑んだくれていたんだろう。一度起きて寝直しているわけだ。シンクを覗くと、水の張った汁椀が取り残されていた。ユキよりはマシか、いやでも、お椀くらい洗えよ。
冷蔵庫から出したキャベツを洗い、ざくざくと切る。麺をフライパンに入れ、水でほぐしながら炒める。
嘘はついてない、ともう一度唱えた。齟齬なく伝われという気持ちを排除して話しただけ。共有していないだけ。遠くからルビンさんを呼ぶユキの声と、ルビンさんの大声が聞こえてきた。何してるんだろう。……何してるんだろう、おれも。
嘘は、ついてない。
けれどもどうして今日出会った人のことを伝えることがこんなに億劫なのか、自分でもよくわからなかった。
1/17/2026, 1:18:29 AM