【好きな色】
昔はずっと、夕焼けの色が大嫌いだった。溢れ出す血の色にも似た、毒々しい赤色。空を覆い尽くすその色を見るたびに、自分が奪ってきた命の数を思い知らされるようで吐き気がした。
最底辺の貧民街で生まれ育った俺に、仕事を選ぶなんて権利はなかった。依頼されるままに何人も傷つけたし、何人も殺してきた。今でも自分の手が、赤く染まって見える。もうあんな仕事からは足を洗ったはずなのに。
「こら、ぼーっとしない!」
雇われて間もない探偵事務所のソファに浅く腰掛け、自分の両手をぼんやりと眺めていれば、軽く頭を叩かれた。わざとらしく唇を尖らせた君が、俺の顔を覗き込んでいる。
「人の話はちゃんと聞いてよ。独りで喋ってるかわいそうな子になっちゃうじゃん」
明朗な口調で文句を口にする君はきっと、俺が何を思い出していたか気がついている。察した上で何も言わずにいてくれるその優しさに、俺はいつも救われていた。
俺を見つめる君の瞳は、鮮やかで快活な印象の赤色。君に出会って初めて、夕焼けの色を綺麗だと感じるようになった。大嫌いだった赤色も、今では少しだけ好きになることができたように思う。
『それと同じように、君自身のことも少しずつ好きになれると良いね』
そう微笑んだ君の柔らかな笑顔を思い出しながら、俺は君から就職祝いにと贈られた真っ赤なネクタイを、そっと指先でなぞった。
6/21/2023, 11:27:15 AM