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書く習慣:本日のお題「一年前」

一年前の記憶が、ない。
春先は実家に長居して犬と戯れるなどしていたが、連休の頃にはさすがに自分の家に戻っていた気がする。

写真フォルダを見にいったら、白煙とカモメのスクショが出てきた。そうだ、新しい教皇レオ14世が選出されたのが去年の今頃だった。

ちょうど『教皇選挙』の映画上映期間中に本物の選挙(コンクラーベ)をやり、注目度が高かったように思う。ネットでは「枢機卿も『教皇選挙』の映画を観たらしい」「進研ゼミ教皇講座じゃん」とネタにされていた。

煙突から黒い煙が上がったら「決まりませんでした」、白い煙が上がったら「新しい教皇が決まりました」という合図だ。煙が上がる直前、煙突の近くにふわふわのカモメのヒナが来た。みんなが煙突付近に注目し始めたまさにその瞬間に白煙が出て、大歓声が上がった。

『教皇選挙』も面白かったが、ネトフリで配信されている『2人のローマ教皇』も好きだ。始まり方が洒落ている。

おじいちゃんが飛行機のチケットを取るために予約センターに電話している。教皇と同じ名を名乗り、郵便番号を聞かれて「わからない。バチカン市国です」と答え、オペレーターに冗談だと思われて電話を切られてしまう。

そして陽気な音楽とともに、ブエノスアイレスの町が映し出される。主人公のベルゴリオ枢機卿が、ある若者の話を語り始める。フランシスコという名の若者が、神の声に従って教会を立て直すために山に登って石を切り出し、崩れた教会の壁を直したエピソードだ。枢機卿が「若者が森を歩いていました」と語り、街を歩く若者と壁に描かれた極彩色の森が映る。

枢機卿のナレーションに合わせて、街の壁に描かれた森や教会が映し出される。軽快な音楽、鮮やかな色づかいの絵、若者。やがてナレーションが拡声器を通したような音質に変わる。

若者が、最後の壁絵の前を通った。同じ方向を向く人々の絵だ。絵の人々と同じように、壁が途切れると群衆が枢機卿に注目している。若者は群衆に混じり、肉を焼く白い煙が立ち込める向こうに、白い衣装に身を包んだメガネのおじいちゃんが立っている。

何やら難しげな宗教と社会問題の話をしている――と思いきや、おじいちゃんは先ほど歩いていた若者に名前を訊ねた。若者が答えると、「大好きなサッカークラブと同じだ」とおじいちゃんは嬉しげに言い、群衆が歓声をあげた。ここでもうこのおじいちゃんが親しみやすいタイプの偉い人だとわかる。キリスト教のことなど何もわからない私でも、意図が理解できる。

ひょうきん者のおじいちゃんは、ご贔屓のサッカークラブの名前を出して「サン・ロレンソ 我らのために祈りを」と唱えた。おじいちゃんの名前はホルヘ・ベルゴリオ。後の教皇フランシスコである。

『2人のローマ教皇』は、教皇フランシスコ(ホルヘ・ベルゴリオ)の過去話や、その先代の教皇(ラッツィンガー/ベネディクト16世)との対話を描いた作品だ。"INSPIRED BY TRUE EVENTS(実話に着想を得た物語)"ということで、実際に教皇2人の間に映画通りの対話があったわけではない。宗教や歴史の難しい話かと思いきや、コメディドラマというだけあって、随所に笑いどころが散りばめられている。声をあげる爆笑シーンではないが、クスッと笑えるので外で見ても大丈夫だ。

ベルゴリオ役を務める俳優さんは『パイレーツ・オブ・カリビアン』でヒロインの父親(スワン総督)役のジョナサン・プライスである。鑑賞する際はぜひ音声を【英語[オリジナル]】にして、彼が複数言語を使い分ける凄まじさを感じてほしい。スペイン語(アルゼンチンの場面)、ラテン語(バチカンの場面・教皇との対話の序盤)、イタリア語(ローマの別荘で庭師と会話する時など)、英語(ラッツィンガーとの対話)。別荘で案内役の修道女と話すときは英語だが、彼女に"Arrivederci, eminenza.(さようなら、猊下)"と挨拶されたときは、彼女に合わせて"Oh, grazie.(ああ、ありがとう)"とイタリア語で返している。

本作の好きなシーンはいくつもあるが、ベルゴリオがローマのスポーツバーでサッカー観戦をする場面がうまいなと思った。

彼のバーでの衣装はかなりシンプルな黒服だ。立襟は聖職者用の白いもの(ローマンカラー)だが、枢機卿の赤帽子(ズケット)や赤帯(サッシュベルト)などに比べると質素でお忍び感がある。

ベルゴリオご贔屓のチームが得点すると腹の底から快哉を叫び、隣の男性客の顔を両手で挟んで喜びを分かち合う。そしてスペイン語で「主よ、エル・ビピータの才能に感謝します」と祈りを捧げ、男性客も「アーメン」と唱える。ここまでは「気さくな枢機卿がローマでもサッカーを観て市民と交流する」という、おかしくも心温まる場面だ。

だが、続いてベルゴリオが「教皇にご加護を」と祈ると、男性客は「ナチ野郎のために祈る必要ない」と吐き捨てる。ベルゴリオが教皇(ラッツィンガー)と教会の立場の危うさを肌で感じ、宿で眠る前に「教皇に憩いの時をお与えください」と神に祈る。この緩急がうまい。ただのおじいちゃんの面白映画ではないが、堅苦しくなりそうなタイミングよりワンテンポ早くコミカルな場面が用意されていて、私のような物知らずでも飽きずに観ていられる。

また、別の場面でベルゴリオがスイス衛兵に「その制服暑くない? 洗濯どうしてんの?」と話しかけ、衛兵は答えないが笑ってしまっており、それも微笑ましい。と思いきや、教皇から指示された会話のための暗い部屋に通され、部屋の奥へ進むと朝日が差し込む。

見事な天井画が画面いっぱいに映し出される。教皇が指定した場所は部屋はシスティーナ礼拝堂、教皇を選出するコンクラーベが行われる神聖な空間だ。サックスの晴れやかなメロディが流れ始める。ミケランジェロが手がけた『創世記』の場面を見上げ、ベルゴリオが十字を切る。彼の表情と音楽が合わさって、「この場所は特別だ。神の存在を感じる」と思わされる。観ているこちらまで敬虔な心持ちになる見事な演出だ。

ここまで『2人のローマ教皇』を熱く語っておいて何だが、今回の文章を書くために調べ物をしていて、気になる映画を見つけた。『ローマ法王の休日』である。どうやらこちらは「法王(教皇)になりたくない」と思っていた枢機卿が法王になってしまって脱走する話らしい。めちゃくちゃ面白そうだ。

神よ、素晴らしい作品との巡り合わせに感謝します。

5/9/2026, 9:14:27 AM