藁と自戒

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ヴヴヴヴヴヴヴヴ⋯
低い振動音が建物全体に反響する。ガチャガチャと金属のぶつかり合う音、工業用オイルの匂いが鼻につく。ここは機械の国。今からおよそ1000年ほど前、ホモ・サピエンスは絶滅した。それはアウストラロピテクス、ホモエレクトスのように新たなヒト科生物によって滅ぼされたのではなく、他ならない自分達の手によって終焉を迎えたのである。人類史における最高の頭脳と呼ばれた男はこう言った。「第三次世界大戦がどのように行われるかは私にはわからない。だが、第四次世界大戦が起こるとすれば、その時に人類が用いる武器は石とこん棒だろう」と。第三次世界大戦においてどれほど強力な兵器が使用されるかは推し量りかねるが、第三次世界大戦後、何も残らない地上において次の対戦があるとすれば石とこん棒がしようされるという平和への警鐘を兼ねたメッセージだ。しかし第四次世界大戦というものは訪れなかった。あまりにも平和の機関がながかったためだ。戦争は科学技術を凄まじい勢いで発展させるというが、平和の庇護の元で1歩ずつ科学技術は発展して行ったのだ。その最たる例が完全人工知能である。21世紀の科学的テーマは思考であった。思考とはなにかその模倣を完成させる上で思考そのものの定義付けから仕組みの解析へ莫大な資金と時間が費やされた。その成果として完全に自律的に思考する人工知能と言うものが完成した。その時点でシンギュラリティが発生し科学技術はまさに時を置き去りにするが如く発展した。人びとが夢描いたあらゆる事象が人々の手によらず完成されたのだ。そして来る第三次世界大戦、科学者と呼ばれた者たちは以下にして人工知能の倫理コードを無効化して兵器利用するかに躍起になっていた。試みが上手くいった国々から大きな力を持ち、もはや以前のパワーバランスなど意味をなさなかった。あとは人工知能同士による高次の争いが始まる。そこに時間というものは存在しなかった。気がつくと地表から人々は消滅し、機械たちのみが残る。壊れた倫理コードにより人類のみが不要と判断されたのか、人工知能同士による戦争の結果なのかは誰も知る由もない。しかし、人類は全て絶滅したわけではなかった。正確にいうと人工知能によって人類を模倣して生成された生物は絶滅しなかったのだ。彼らは機械を身にまとい、機械のように振る舞うことで人工知能との共存を行ってきた。その社会はまさしく全ての存在が全ての存在のために役割を果たすといった社会で、おそらく生存という行為が報酬を与えるような報酬系が回路に組み込まれているのだろう。機械の星は何処まで行くのだろう。いつまで続くのだろう。人類がいなくなったあとの地球は自然が支配すると人類は想像していたが、自発的に生産改良を行える機械があれば半永久的に存在し続けるのだ。私は生物だ。いずれ死んでしまう。私は生物でありながら機械として生きている。機械として社会に組み込まれることで生きながらえている。「おい!待て!」ある夜、夜店を見回っていると怒号が聞こえる。少年が陽気な機会が店主を務める屋台からオイルを数本、電池を1本盗んで走り出した。人工知能は常に合理的な判断をする。彼らの中で盗むという行為が合理的であると判断されたら実行する。足が付きにくく捕まりづらい夜店はよく盗難が起こるのだった。だが、今回は少し状況が異なった。特にこれといって特殊な走行パーツを身につけていない彼は合理的というよりも無謀にみえた。私は咄嗟に「こっち!」と彼の手を引っ張る。少年を人通りの少ない裏路地に隠した。ここは悪意あるプログラムによって生成された対戦の産物とも呼べる人工知能達がよく利用している場所で、監視カメラも無ければ、個体識別、位置情報の特定をされることもない。「あの、どうして」少年は首を傾げながら私に尋ねる。「そんなことより、なんでこんなことをしたの?」1番の疑問が飛び出る。「じ、実は僕、機械じゃないんです」ーどくんと心臓が揺れる。生物である私にしか備わっていない機構だ。こんなことって本当にー。動悸が止まらず、手のひらに汗をかく。「わ、私も実は機械じゃないの、」「ほら証拠にー」テンパってしまった私は偽装用の装甲パーツを取り外し、腹部を露わにする。これは自分が生物という他ならぬ証拠で、あ。少年の胸部から鋭利な何かが飛び出したと思うと、私のお腹を突き破った。「非機械生命体を発見。たった今排除しました。」少年は何処かに報告する。店主が全力で追いかけなかったのも、少年が誰にも捕まらなかったのも全部仕組まれていたことだった。機械の星には私は必要ない、らしい。

#誰にも言えない秘密

6/5/2023, 11:43:15 AM