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ケイタ 没年令和8年7月23日、

長いツルと葉っぱが巻き付いた墓石前で、

俺は、放心状態になった。

1週間まで、元気で、大きな病気もしていなかったはす。

僕はケイタかっこ(仮名)

新しく規格された未来ツアーの応募にあたり、未来旅行にきた。

実のところ、特段、切望したわけではないのだ。

だから、当たり障りのない1週後になんとなくきたというわけである。

だが、そこで目にしたのは、驚愕の事実。
少なくとも、1週間後には僕はいないのだ。

もう、旅行どころではない。

体全身から力が抜けてしまい、立っているのか、倒れているのかわからない。

どうしたものか、今回の旅行で行ってみたい場所のことはどうでもよくなった。

せめて、最後、自分がどうなるかだけでも知りたい。しかし、このツアーでは、あらかじめ知り合いとの会話は規定によって許されていない。会話ができるまたは、自分がその人の視界に入る間際に、元の時代に強制送還されてしまう。悪質な場合は、罰金に、裁判までそれなりの報いを受けなくはならない。

周りに注意しながら、と言っても、幸い、僕の家は一軒家で、裏道を通れば、そのまま、自分たちが所有している山を中を通り、自宅の裏に回ることができる。

こうしてはいられない。
力を振り絞って、歩きはじめた。
歩きながら、今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け回る。

親の反対を押し切って、家の家業を放り投げて、東京の会社にいったことや母が見つけてくれた相手の婚約を反故にしてしまったこと。
また、病気で死んだんだとしたら、ろくに睡眠もとらずに、ゲーム三昧、食事は3食カップ麺。それなら病気になっても、自業自得なのだが、まだ30代、やりたいことはたくさんある。
どうせ死ぬなら、ダメ元で会社のマドンナにコクってみて、思いのたけを恥ずかしいくらい伝えようか?
はたまた、残りの時間を全て使い、エジプトやカナダのオーロラ、アメリカの壮大な渓谷でも見てから、死のうか?
自費出版の自伝小説を書くのも悪くない。
ただ、何もしないで、テレビをみているのは、耐えられないし、酒や薬の力を借りるのは少し違う気がする。

そうこうしながら、見慣れた黄色いセンスの悪い屋根が目に入ってきた。

親の車も見当たらない。
葬式が終わったとしても、喪中なのだから、家にいそうなものだ。

山の茂みに隠れながら、家の周りを捜索する。
変だな、
ひっそりとしているし、供養花も見えない。

家の中をのぞいてみようか、そう思っていると、ドドドと赤い車が砂埃を降らしながら、走ってきて、玄関前で止まった。

なぜ、俺のが‥間違うはずがない。
あの赤い車は、家でもう乗る人がいないから、俺が代わりに譲り受けた年代物のセダン。


そう思っていると、メガネをかけて、骸骨のように細く、背中が双子分ラクダのように丸まった正気のない無表状な男が出てきた。

僕は、驚きと安堵で、大声で叫びそうになるのを堪えた。
そう、正しく、あれは俺
俺は生きていたんだ。

ケイタさん、もうすぐ、ツアー終了の時間です
アナウンスが専用のデバイスを通して流れる。

それにしてもなんで、1週間後の俺は、実家に来たんだろう。
まぁ、そんなことどうでもいいか。時期に分かることだし。
ともあれ、これで、安心だ。

あとは、最初にいた墓地に戻るだけだ。

迎えのタイムマシンを待っている間、しげしげと、自分の墓碑を眺める。
よく見ると、墓碑には苔が生えており、ツルが絡まっているのは、無精な我が家族にしても度が過ぎている。

7月の空は、どこまでも高く、空の雲が気持ちよく泳ぎ、強い風が青々とした元気いっぱいの木々を揺らす。
ふと、みると、墓碑を覆っていた蔓や葉っぱの位置が変わっていた。

俺は苦笑いした。
これは、5年に亡くなった祖父の墓だ。
長い間、老人ホームに入所しており、僕が自宅から離れて過ごいる間に突然他界した。

敬太と敬太郎、古い家にはよくある、名前の継承だよな。そんなことにも気づかないなんて、不謹慎で、ぼんやりし過ぎてるよな。

もう、帰る時間のようだ。
体は宙に浮き、タイムマシーンの入り口に向かう外からは見えない透明なエレベータに乗る。

結局、高いお金を払って、なんの目的も果たせなかったなぁ。
まぁ、それでも、しばらく、なんとなく、このままいられるなら、いいか。

敬太がぼんやりと遠くの橋を眺めていると、綺麗な夕陽の中をラリラリに横滑りしながら、赤いセダンが川の下に落ちていくのだった。


8/9/2023, 11:06:10 AM