レド

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 長い間使っていた研究所は、さまざまなものが乱雑に散らかっていて足の踏み場に困るほどだ。ここの主がそんなことを気にする性格ではないため特に問題にはならなかったが、引き払うとなると話は変わってくる。
 道具やら資料やらをいるものと捨てるものに仕分ける作業を黙々と進めるわたしに、背後から声がかかる。
「すみません、任せてしまって。データの消去が終わり次第、わたしも手伝いますので」
 眼鏡の奥の切長の瞳を申し訳なさそうに伏せて、彼は言った。
「いえ。わたくし一人で十分できる仕事ですので、お気遣いなく。……ところで、コギトさん」
 わたしの呼びかけに、彼の目が少し見開かれる。
 その目の前に、わたしは実験器具の中から見つけた「それ」をかざした。
「道具を整理していたら見つけたのですが……これ、なんですか?」
 細いワイヤーがドーム状にしなだれた、サッカーボールほどの大きさの籠のようなもの。
 彼の表情が一瞬曇るのを、わたしは見逃さなかった。
「ああ……まだ残っていたのですね。鳥籠ですよ。ずっと昔、研究室でインコを飼っていたのです」
「動物がお好きなのですか?」
「いえ……」
 彼は、罰を恐れる子供のように唇を噛んだ。わたしより少し年上で、はるかに冷静で沈着な彼が、見たことのない幼い表情を浮かべている。
「実験動物として、です。ヒトの声帯を模倣する構造を究明・応用し、新たな発話システムを開発しようとしたことがありました」
「それで……どうなったんです?」
「実験は失敗しました。インコは声帯に治療不可能な傷を負い、二度と鳴けなくなり、やがて死亡しました」
「…………」
 彼はわたしに背を向けると、作業中だったパソコンの前に戻った。
「それ、捨てておいてください」
 それだけ言って、彼はもう何も聞くなと言わんばかりに口を閉ざす。わたしも、何も言わずに空の鳥籠を捨てるものの箱の中に分別した。

(架空日記5 ソーネチカ)
 

7/25/2022, 11:46:24 AM