﨑zaki

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  待ってて
               2月13日金曜日+
 確証は無いのだけれど、無いなりに、声を掛けられたような感じがした。それだから振り返ったのに、あるのは街灯、そればかり。綺麗な頭身に伸びてくれたこの影に、たまらず会釈したのは、自分だけ。立ち止まって、夜道を見回したって、人影は見留められない。
「なあ、随分みっともないな。」
 降りかかった哀しさを取り払おうと、ありったけの感情を貼り付けた声を、吐き出す。近所迷惑であるから、声は張らない。他でもない己で出来た影に、独り言を浴びせる私である。その恩着せがましい倫理だけが、今の自分を好きでいられる理由に感じられた。
 しかしどこにも響かない自虐は、虚しさを助長した。足を速めに動かして、不毛な感情を追いやろうと、試みる。それを馬鹿みたいだと影に呟いたら、視界が滲んでくるのが分かる。これはいけないから、腕を振りだし、柔らかく走り始めた。
 どこぞのお宅の玄関先に、植木鉢が並んでいるのが目に入って、走るのをやめる。その斜向かいでパッと照明がつく。影の輪郭が余計に濃くなる。逃げたくなった。影を強く踏みにじって、全力をもって走り出す。足音が住宅街に響いて、煩い。
 街灯の列は続くから、どんなに必死で走っても、伸びる影、縮む影、交代しながら、まだ追ってくる。力ずくでは敵わないと、そう分かったから、影を相手に交渉を始めた。
「一人になりたいから、ここで待っててくれないか。迎えに、来るから!」
 一つ単語を発するたびに、段々息が切れて、声が震えるから、すぐ胸中で念ずるのに切り換えた。今この場に染み付いて、留まって、今日は帰ってこないで。心の内で、何度も、頼み込む。だが、聞き入れては貰えなかった。
 いよいよ動悸が激しくなって、つまずくように立ち止まる。膝を曲げて、深く深く息を吐いた。冷えた大気を吸って喉を痛めるうちに、次第に潤んだ視界が、ついには壊れて、ふと、目が合う。
 他の何でもない。自分自身の影と、目がかち合った。待っててって、確かに言ったのに。孤独の中では、泣かせてくれない。よく見れば醜い形だなと、喉の奥から笑いが剥げ落ちた。

2/13/2026, 3:30:39 PM