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あの瞬間を待望している。感動ではない。涙で、流れてしまうような淡いものではない。───悦楽!とんでもないものを読んでしまった、読む前と読んだ後で、人間が全く変わってしまう、あの瞬間。そのために、聖書も禁書も平等に貪る。私は本から内臓を引き摺り出し「光り物」を探す烏になる。ちょうどいい場所をと、書棚に飛び乗り湖を見る。白鳥が泳いでいる。淑やかに水面を滑り、時々他の者と首を絡ませる。なんて滑稽なんだ。水の中で足を必死にバタつかせている癖に。私は笑う。笑うが、自分の醜い声を思い出し、口を閉じる。
黒くては影から出られない。声が悪くては愛されない。生まれの呪いを忘れるには、何よりも悦楽が必要なのだ。頁を捲る。重い煙のような失望が胸を染める。ああ、神様!どうか心までは取り上げないでください。他の烏達のように、金になるものを美しいものと感じるようには、なりたくないのです。
ほんの数回頭上に降りかかった程度の、白鳥たちに注がれたものとは比べ物にならない程ささやかな、奇跡を信じている。悦楽の残骸を抱いて眠る夜を……。

10/2/2024, 6:07:59 PM